金石書画を目指して養生するブログ

書、画、篆刻を学ぶ過程で中国の古典に触れ、将来立派な文人になれるように今から養生していく様子を書いたブログです。

オナ禁447日目

雁塔聖教序の臨書

 

今週も銭湯帰りのスタバからブログ投稿しております。最近は日曜日に日光浴日和が続いて、平日頑張っている制作と筋トレからのカタルシスが凄いです。今週の制作の方は柿の水墨の花鳥図を描いていました。一度自分の中ではそこそこの作品が出来たのですが、鳥の構図で母親にダメ出しされて心が折れかけ、違う鳥の構図で再トライして土曜日にあと1,2カ所良かったらアップロード出来そうな惜しい仕上がりの絵が出来ました。来週は後何度かトライしたら3尺の柿は恐らく納得のいく作品が出来ると思いますが、水墨画は墨彩画より難しいので4×2尺の絵が描けるかは微妙です。そちらは再来週になるかも知れません。筋トレの方は今週、徐々に一皮剥けてきたかなと思います。有酸素の負荷を徐々に高めて、ブリッヂがstep10の低回数ながら安定し始め、懸垂に至ってはstep8のまだハーフの可動域ですが片手懸垂への挑戦が遂に本格的に始まりました。ハーフワンアームプルアップの自重を片手を90度に曲げたスタートポジションで保持するのがそもそも不可能な状態なので、懸垂を一回も出来ない人が懸垂を一回出来るようにする時に行う、トレーニングチューブで補助しながら全力を出しても保持出来ない自重を、スピードをコントロールしながら体を降ろしつつネガティブで上腕二頭筋と広背筋に効かせるトレーニングを始めました。

 

以下は今週のプリズナートレーニングとなっております。

 

月曜日: step10ワンレッグスクワット左右28回3セット 16回1セット Vレイズ10回4セット 9回1セット 散歩2km 縄跳び2890回 この日のトレーニングは順調に達成出来ました。片足スクワットは高回数になってきましたが、実質キツいのは3セットなので精神的に楽です。縄跳びは先週からまずは低回数からですが、左右交互に腿上げしながら跳ぶのを毎日回数を増やしつつ、少しずつ織り交ぜて負荷を上げています。早歩きの散歩後に心拍数が上がった状態でやるので、有酸素も結構ハードになってきました。

 

火曜日: step10ワンアームプッシュアップ 左右8回1セット 左右7回4セット step7アンイーブンプルアップ 左右9回2セット step8ハーフワンアームプルアップ(ネガティブ) 左右1回3セット 散歩2km 縄跳び2900回 この日のトレーニングは片手腕立てに少し苦戦しながらもノルマ達成し、懸垂の方はついにstep7の目標回数である9回2セットをクリアしてstep8に突入し、これ以降懸垂は比較的スムーズに移行できると思いきや、step8の初心者の基準は4回なのですが、ハーフプルアップのスタートポジションをそもそも片手で保持する筋力がないという、想像以上の強度に少しビビっております。とりあえず、初日はハーフワンアームプルアップのスタートポジションから可能な限りゆっくりとスピードをコントロールしながら下まで下がっていき、ネガティブで効かせる方法を取り、次回以降段々負荷に慣れてきたらトレーニングチューブで補助しながら、とりあえずハーフワンアームプルアップ1回を目指す方向でやっていきます。自分がある程度の強者という幻想を打ち砕かれました。正直、片手懸垂はもうすぐ出来ると舐めてましたね。

 

水曜日: step9クロージングブリッヂ2回5セット(ウォーミングアップ) step10スタンドトゥスタンドブリッヂ 3回2セット 2回3セット step5ハンドスタンドプッシュアップ6回4セット 5回1セット 散歩2km 縄跳び2910回 この日のトレーニングは順調に達成出来ました。倒立腕立ては結構ストリクトなフォームでこの回数が出来るようになってきました。ブリッヂの方は、ほぼ100%立ち上がるのに成功するようになってきました。そして有酸素が徐々にキツくなってきました。縄跳びは回数ではなく最高で30分とか35分とか時間で区切って、あとは腿上げとかで工夫して強度を上げたいです。ちなみに今の回数だと21分くらいで終わります。

 

木曜日: 散歩2km 縄跳び2920回 この日は3日で6種目やったので、プリズナートレーニングは1日お休みです。

 

金曜日: step10ワンレッグスクワット左右29回3セット 13回1セット Vレイズ11回1セット 10回4セット 散歩2km 縄跳び2930回 この日のトレーニングは順調に達成出来ました。片足スクワットはキツいですが、実質キツイのが3セットだけなので、片手腕立て&懸垂の組み合わせの日の方が苦手かもしれません。特に片手腕立てがそのうち今の回数増加ペースでは筋力的に達成出来なくなるのではないかと少し心配しております。

 

土曜日: step10ワンアームプッシュアップ 左右8回3セット 左右7回2セット step8ハーフワンアームプルアップ(ネガティブ) 左右2回5セット 散歩2km 縄跳び2940回 この日のトレーニングは順調に達成出来ました。片手腕立てはなんとかこのペースで回数を増やせているのですが、これ以上は挙がらないという所から、体を挙げられる体勢を探しつつやる内にどんどん独特なフォームになってきました。片手懸垂は前回の自重でネガティブに効かせようとした時に、自重では負荷が高過ぎて体がストンと落ちてしまって、上手く二頭筋と広背筋に効かせられなかったので、今回はトレーニングチューブで補助しながらネガティブで効かせました。今回はいい感じのスピードでコントロールしながら体を下すことが出来、1セット目は2回じゃ少な過ぎるかな?と思いましたが、5セット目にはもう腕が限界で、負荷が重過ぎてネガティブで効かせるしかない時特有の、急激にくる疲れ方でした。

日曜日(今日): 散歩2km 縄跳び2950回

 

やはり新しい種目を始めたり、なかなか上手くいかず試行錯誤した週のトレーニングは書くことが多くなる傾向がありますね。改善点がどんどん出てくるうちは更に上を目指せるということなので、色々な課題に対する対策を取りつつ頑張っていきたいです。

 

僕が購入したリーバイスの501のディテールを見ると、形は501のオリジナルフィットなのですが、どうやらセルビッジ(赤耳)でもリジッドでもないようです。リーバイスのウェブサイトを見たら本物のMADE IN USAのセルビッジのリジッドのやつは¥19,800でした。これはコスパを考えると最早定価で買うのではなく、古着屋で赤耳のアタリが良い感じに出ているの中古を自分で試着してみて、良いサイズのものがあったらそっちで買えということですね。

 

次にアメリカに行く機会があったら、是非現地での価格を見てみたいですが、とりあえず個人輸入BUYMAを覗いてみたところ、501のリジッドらしきものが¥15,000と少し安い程度で、前回のブログ投稿にコメントして頂いた方によると昔はもっと安かったらしいのですが、現代においてリーバイスの501でリジッドのセルビッジを新品で購入しようと考えている我々はどれだけボラれているのでしょうか?でも歴史や伝統を考えると、基礎を抑えなければならない初心者ほど否が応でも定番に行ってしまうのですが、ここからがオシャレの腕の見せ所というか、結局、現代で覇権を獲って次の定番になってゆくデザインが、将来的にビンテージなどのセカンドマーケットで高値がつく訳で、定番からコスパも考慮しつつ、どうメタってゆくかという話になってきますよね。

 

古着屋で良い値がつくブランドを調べると、リーバイスやラルフローレンやバナナリパブリックなどが出てきますが、現代はまだ無名でも将来的にはそういう扱われ方をするブランドが生まれてくる訳で、やはりある程度以上の文化資本を身に付けて目利きが出来るようになると、理論上はそういう将来有名になるブランドで良い服を手頃な値段の時に買い、売る時も比較的高く売ることで他の人よりもリーズナブルにお洒落になれる上に、センスといった目に見えない文化資本はどんどん蓄積されていくという、さらに上を目指せる良い循環が発生するという事ですね。

 

ただ、中古市場が大きくなって中古の服が古着屋で売れる度に、本家のブランドにその分のロイヤリティーが払われるようなフェアなマーケットかというと、そういう訳でもなく、これは画家も同じ問題を抱えているのですが「セカンドマーケットでの真の価値とかどうでも良いから、最初に店で(芸術家から)買う時に良い値段で買ってくれよ」と本音では思う訳なんですね。しかも中古市場が下手に大きくて、その価格帯が新品と比較して安いと新品がなかなか売れず、定番を少しメタった製品をセールで出すと少しは売れるが、定番には敵わないからセールが過ぎるとあまり売れず、次のホームランが出て新たな定番が生まれるまで、そこそこのヒットを出し続けなければ店が傾くという、作り手としては厳しい世界なんですね。逆に新たな「元祖定番」が生まれれば暫くは安泰という感じなのはアーティストの世界も同様です。そういうことを考慮すると、出来るだけクリエイターにフェアで、制作に前向きな環境づくりに貢献出来るやり方でお洒落を研究していきたいと思いますが、そうすると自然に、とにかくまずは実際にお洒落と言われるようになって、周りに一目置かれるようになってから、あいつは今日は何着てるのかな?という状況を作ってから推しのブランドを身につけるというプロデューサー的な、ようするに演出側の目線で貢献していくしかないと思うんですね。

 

あとリーバイスジーンズの「エイジング」という概念はマーケティング的にも正しいと言えます。常に新品の需要がある程度あり、着潰した後にリピーターとして戻ってくる訳です。ただ、経年変化で良くなっていくものは、そもそもの作りがかなり良いものだけなんですよね。逆にあまりに質が良くて数十年以上保ってしまったりすると、リピーターが頻繁に帰って来なくなったり、中古市場が強くなりすぎる問題も出てきてその辺りのさじ加減も結構難しいと思います。こういった構造から見ても分かる通り、消費者に優しい環境がクリエイターに優しい環境とは限らないんですよね。だから消費者の視点から物作りできるクリエイターと、クリエイターの視点から購買行動が出来る消費者が必要となってくるといえるのですが、前者は多くても、後者は少ないのが現実ですよね。

 

ちなみに今週はLightening編集部の出しているヴィンテージの教科書シリーズをKindle Unlimitedで読んでました。やはり定番物になるものはその歴史もそうですが、あんまり服に詳しくない僕でもデザインがそのジャンル内で突出しているのが分かります。そこからメタろうとする度に時代を遡ってより古く、ではなく感性に従って新しい遊び心のあるデザインを開拓してゆく方向性の方が、マニア的なマウントは取れないかもしれませんが楽しみながら長く続けられると思います。本当に理想的なのは絵でもそうですが、美術史的にも価値があって、色や構図といった絵としての純粋なデザインに優れ、材料も時間の試練に耐えることの出来る工芸的にも優れた作品ですね。服も傑作の実物とまではいかなくても、傑作にインスパイヤされた作品とかを文化資本を身に付けるにつれて評価出来るようになって、ゆくゆくは歴史的な文脈を踏襲した手頃な価格の、まだあまり知られていない隠れた良いブランドとかを開拓してみたいです。ある程度文化資本が身につくまでは、古着屋に出入りして店員の服装などを観察して、文化資本を用いてマウントを取る瞬間にかましてくる戦術・戦略をチェックしながら、こちらはプリズナートレーニングと有酸素運動で底上げしたスト値で「定番を着たら本体のスト値の高いこちらの方が有利だぞ」と少し軸をずらしてマウントを取りつつ、そこで向こうがさらに知識でマウントを取り返そうと文化資本を晒してくれるのを期待したいと思います。

 

あと骨董の世界では目利きがある程度以上出来るようになると、小遣い稼ぎに職人と組んで贋作を作り出す人が出てくるんですよね。目利きだから他の目利きが見るポイントが解っている訳です。そして例えばクオリティーの高い贋作が出来て、それを目利き仲間に売る事に成功したとします。その贋作を買った目利き仲間は暫くすると、とあるディテールがおかしいことに気づき、それが贋作ということに気づきます。そして騙されたのは授業料という事で贋作を売ってきた相手に文句は言わない代わりに、その気づいた欠点を職人に直させて、更に良く出来た贋作を作り、他の目利き仲間に買った値段に色をつけてむしろ利益を出し、その構図が繰り返される事で「あまりにもよく出来た作品は逆に怪しい」(業界では「次第が良すぎる」と言うらしいです)という現象が発生してきます。そうすると目利きではない一般人の間では正規のルートで高いお金を出して定番を買う行為が正しくなってくるのですね。ある意味、鑑定書付きの値段設定な訳です。この辺のやり取りに興味のある方は「良い仕事してますねぇ」の決め台詞で知られる中島誠之助さんの著書を読むと面白いと思います。下の三冊のうち一冊はKindle Unlimitedで読めるようです。単なる読み物としても、目利き達のお金と物のやり取りから生まれる道理について学べる、価値観の変わる良書で純粋に興味深い世界だと思います。

 

 

 

 

 

ただ、この目利きが職人と組んで贋作を作る時に、ただ本物の劣化バージョンを作るのではなく、本物をメタったより良い作品を作った場合は「贋作を作った」ではなく「インスパイアされて創造した」と良い表現に変わって、新たな作品が生まれ、その需要の増加に合わせて供給量が増えればブランドとして定着してくる訳で、やはり目利きのような鑑定眼と職人のような技術は贋作士のみならず、アーティストにとって制作する上での前提となってくる訳です。

 

そして中島誠之助さんのように実際に長い間生き残っている、道理を弁えている目利きというのは、長い経験から贋作作りは自分の商売道具である骨董の世界を腐らせるという意味で目利きとしての道理に反していて、一方で新たな美を開拓して、その実績の高さから一目置かれた目利きとしての立場から良いモノとして市場に紹介、いわばプロデュースするような役割を兼ねて業界に貢献していこうというのを意識しているのですね。それはクリエイター目線から見ても制作を続けていく上で非常に助かりますし、さすがの慧眼というか、それは仮に自分が消費者側に回った時でも抑えておくべきポイントというか、きっと長いこと目利きによるお金と物のやり取りと付き合ってきた経験から自然と見えてくる、特に骨董の世界は新たな現代作家の作品を積極的にプロデュースしない限りは商品が壊れたりして減ることはあっても増えることはない業界なので、今が良ければ、自分さえ良ければ良いという、まるで焼畑農業をやるような同業者達が長期的には破滅してゆく過程を目撃してきた経験から逆説的に導かれた道理のような感覚なのだと思います。つまり「情けは人の為ならず」ではないですが、何でも長く続けていこうと思ったらやはり「道理」を弁えていないといけないということですよね。

 

ちなみに水曜日に散歩をしていたところ、昔散歩を毎日していた頃によく会っていたおじさんと出くわし、向こうはこちらを「兄ちゃん」と読んでくれるのですが、こちらは自分もおじさんなので先方を「おじさん」と呼ぶのも変で、「お父さん」と呼んで仮に娘とかが居て「お前のお父さんじゃねえよ」と気まずくなるのも嫌なので、自分がおじさんになった時の年上の男性の呼び方って難しいな、と思いました。また前回のブログ投稿に初コメントを頂いた方にも「貴兄」と呼ばれ、僕のハンドルネームが「暇人」だから呼びにくかったのかな、と感じるところもあり「礼」について考えるとある程度謙遜はしても卑屈にならない程度のハンドルネームじゃないと、周りは扱いにくいなとも思いました。単に謙虚であれば良かった若い頃と同じ調子で、ある程度の年長者が謙遜し過ぎてしまったり自己卑下してしまうと、若者がそれより下手に出ないとならなくなり、逆に空気読めてないと思われてしまうパターンですね。なので僕が中国画の先生から頂いた雅号である「如往」を新しいハンドルネームにしたいと思います。ちなみに有名な中国画家の1人で、雅号が「糞爺」と言う人がいて、当時身近にいた人々は結構扱いに困っただろうなと思いました。

 

でも以前散歩していた当時はこんなこと気にしてなかったので、長期オナ禁で洞察が深くなったという事なのか、儒教を研究していく過程で自分で考えて上下関係や道理を弁えるようになったからなのか因果関係は分かりませんが、自分も少しは成長したなと思える出来事でした。オナ禁儒教の相性は、アルファ雄を目指す者としての道理を弁えるというメンタル面において、筋トレと同じかそれ以上に良い相互作用がある気がしていますが、人によっては儒教は何のことについて語っているのかさっぱり分からない学問なので、人をかなり選ぶところが唯一かつ最大の難点ですね。