金石書画を目指して養生するブログ

書、画、篆刻を学ぶ過程で中国の古典に触れ、将来立派な文人になれるように今から養生していく様子を書いたブログです。

オナ禁510日目

 

蘭亭序の臨書

今週も銭湯帰りのスタバからブログ投稿しております。今週は曇りがちの週だったので、家でもほとんど日光浴出来ず、今日も生憎の曇りだったので銭湯ではサウナと水風呂を出来るだけ回数こなしていました。

 

今週の制作は山水画や花鳥図を描く前のウォーミングアップで必ず1週間行う臨書をやっていました。今回の意臨のサイクルでは形臨の時にしっかり集中して可能な限り写実的に臨書していた為に、欠点が偏が少し縦長になってしまう点や、右払が少しずつ筆を浮かせて線を細くしていくのではなく、実際に右に角度をつけて払ってしまっている程度で、基礎をちゃんとやったお陰でもともと少ない欠点を治すのが比較的容易でした。これは形臨の段階でしっかり観察して写実的にやらずに、質ではなく数だけこなして適当に臨書して変な癖をつけてしまっていたら、直すのが大変だったと思います。また今回の意臨のサイクルで結構楷書がうまく書けるようになり、すると行書で字を崩した時に楷書の基礎が光るようになって、守破離において「守」をきちんとやると「破」の段階でかなり良い感じに崩す事が出来るというのは本当だったなと、やはり古典の基礎をしっかり積むことの重要性を、一番最初の基礎の次の段階に進んだ時点で既に感じております。ここで差をつけられると、基礎の重要性に直ぐに気づけない学習者はかなり出遅れるな、と思いました。現在の正直な感想として僕は書家としても結構上に行けそうな気がしています。自分で言うのもなんですが僕は観察に基づいた西洋画の基礎と、10年間続けた中国画で用いた最高級の紅星牌というブランドの宣紙と筆や墨といった道具の組み合わせに対する慣れが有るので書法の進歩がかなり早いと思います。

 

今週の筋トレに関しては倒立腕立て以外は順調にノルマをこなしており、グリップワークの方も高負荷になるにつれて成長が鈍化してきましたが、それでも想定内の成長を続けております。倒立腕立てに関してはやはりボトムポジションでの左肩の痛みがあるので、回復が早くなるようにあまり無理せず血行が良くなる程度に動かしているつもりです。ちなみに詳細は下の方に書いてあるのですが、今週から瞑想を1日のルーティンに取り入れました。頻度と時間については毎週のプリズナートレーニングの報告のところに今週初めの分から書き込んでいきます。

 

以下は今週のプリズナートレーニングと有酸素、瞑想のルーティンとなっております。

 

月曜日: step10ワンアームプッシュアップ 左右11回1セット 左右10回4セット step8ハーフワンアームプルアップ(ネガティブ) 左右8回1セット 左右7回4セット 散歩2km 縄跳び3450回 瞑想3分5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。また、この日から瞑想をルーティンに加えました。

 

火曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回5セット step4アンイーブンハング左右50~52秒5セット 散歩2km 縄跳び3460回 瞑想3分10秒5セット この日のトレーニングはグリップワークも自分的にはかなり高負荷になってきており、3秒伸ばすのが限界でした。

 

水曜日: step10ワンレッグスクワット左右41回2セット 左右18回1セット Vレイズ14回1セット 13回4セット 散歩2km 縄跳び3470回 瞑想3分20秒5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。プリズナートレーニングの種目の中で、行っていて精神的に一番キツいのは高回数の片足スクワットなので、片足スクワットの日の朝はいつも憂鬱です。

 

木曜日: 散歩2km 瞑想3分30秒5セット

 

金曜日: step9クロージングブリッヂ2回5セット(ウォーミングアップ) step10スタンドトゥスタンドブリッヂ 8回1セット 7回4セット step5ハンドスタンドプッシュアップ 6回1セット 5回2セット 4回2セット 散歩2km 縄跳び3480回 瞑想3分40秒5セット この日のトレーニングは相変わらず倒立腕立てのボトムポジションで左肩が痛いです。ローテーターカフに悪くない手幅の狭いフォームでやると高負荷になって回数が伸びないので、結果的に最近は低回数で行っています。学生時代にウエイトをやっていた頃はベンチプレスをやらず、肩のトレーニングも低負荷・高回数・多種目で安全に追い込んでいて、高負荷トレーニングによる長期間に渡る肩周りの痛みを経験した事がなかったので、今痛みと付き合いながら、なんとか悪化しないように手探りで筋トレしております。ちなみに倒立腕立てのボトムポジション以外では痛くないので日常生活には支障はありません。既に2ヶ月ほど痛いまま小康状態で倒立腕立てを続けても改善が見られないので、来週からはしばらく倒立腕立ての代わりにディップスでもやろうかと考えております。

 

土曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回4セット step4アンイーブンハング左右53~54秒4セット 散歩2km 縄跳び3490回 瞑想3分50秒5セット この日のトレーニングは人が訪ねてきたので1セットずつ休み、記録の伸びは2秒にとどまりました。目標である1分までが結構長いです。

 

日曜日(今日): 散歩2km 縄跳び3500回 この日は半日外にいるので瞑想はお休みします。

 

最近無視出来なくなってきた問題となった倒立腕立てのボトムポジションでの左肩の痛みについては、来週からは倒立腕立てをしばらく休む代わりにディップスを行い、取り敢えず1ヶ月ほど続けて様子見しようかと思います。

 

前回のブログ投稿で美味しいネタを2個も3個も贅沢に使ってしまったので、ネタのペース配分がキツくなりました。なので今回のブログネタは期待値を少し落として、いわゆるSDGsではないですが、これからはブログネタの「維持可能性」も意識しながらペースを考えてやっていこうと思います。

 

最近のニュースで「安倍元首相が殺害されて4ヶ月」と言うワードを聞いて、安倍さんが死んだのはかなり昔の話に感じていたのですが「あれからまだ4ヶ月しか経ってないのか?」という驚きがあり、やはりどう考えても僕の中での主観的な時間の流れがかなり遅くなっている感覚が強いです。制作や筋トレ、禁欲に毎週日曜日に〆切のブログネタ集めに必死になって、今その時の瞬間に集中して生産的な日々を過ごしていると時間の流れがゆっくりに感じるようです。

 

自分より学習の遅れている他の人を導いてやろうという心意気の時に感じられる、反面教師に出会ったり、教えることに間違いがないか予習することで、教わる側ではなく自分の方が理解が進み、逆に自分が周囲に教えられているのだという感覚があります。いろんな人生の側面に於ける正確な描写である「情けは人の為ならず」という言葉にはとても深いものがあるなと思いました。しかも一生懸命周りに尽くそうとすればするほど、周りの人が認識出来ない形でより大きな自分の糧になるんですよね。カルマってこういうことなのかなって思いました。しかしその経験から得た重要性を周りに伝えたくて「自分にもメリットがあるから周りの人間を助けよう」と周囲に教えても、ゼロサムゲーム的な単純な理屈や、目に見える即物的なものしか信じない、いわゆる「小人」は周りを助けられず、その為に自分の学習もなかなか進まない構造になっているんですよね。しかも人に教える時は質問に答える前提で情報を本質的に「理解」しようと努めますが、自分だけの為、テストだけの為に情報を覚えようとすると、単に文字の羅列のパターンとしての情報を「知っている」だけなので、聞かれれば機械的に情報の伝達だけは出来るが、本質をついた質問には答えられないと言った構図になっているわけです。

 

ちなみにこの「知っている」ことと「理解している」事の違いをより詳しく知りたい人は、下のリンク先の「史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち」に詳しく書いてあるのでお勧めしておきます。西洋の哲学は「論理」によって取り敢えず誰でも情報として消化出来ますが、一方で東洋の哲学は生きた経験に基づく「境地」や「悟り」という概念に重きを置いており、「分かる奴には分かる」という学問なので、その学問を情報として「知っている」人と「理解している」人の差が出易いようです。僕は儒教を個人的に勉強しているので、この「境地」とか「分かる奴には分かる」という感覚がよく理解出来ます。逆に言えば儒教という学問は「ある程度の境地に至っていない奴は勉強しても理解出来ない」という確信があります。

 

 

 

あと知識においては「結果と過程のどちらが大事か」と問われれば、現段階の僕の意見では「過程」の方だと思います。人に色々と情報を教えてみると分かるのですが何というか、思考の成果だけを与えることによってその人の思考力を奪っているような気分になるんですよね。そして一度相談を通して相手の何かが上手くいくようになると、再び頼られるようになって、そうすると「自分で出来るようになる為に教えている筈なんだけどな?」と思う時があるんです。なので仮に自分が「相手の求める思考の成果」という答えを持っていても、相手の考えを促す為に「何でそうなると思う?」といった質問形式にして、最低限の補助で答えに辿り着けるように誘導するなどの工夫をした方が良いのかなとも考え始めております。相手がこちらが予期しないような答えを導き出すかも知れない楽しみもありそうですしね。なのでソクラテスの対話(問答法)やプラトンアリストテレス弁証法などといった古典を勉強して実践してみる必要があるかも知れません。経験則的に言っても古典の知識には侮れないというか、驚かされるようなところが多々ある事が分かっていますからね。

 

ところで徐々に情報の開示が始まってきましたね。僕の情報収集しているコミュニティーの一つでワクワクする動画がシェアされてたのでここでもシェアしておきます。

 

rumble.com

 

先週あたりにプリズナートレーニング関連のYouTube動画を見ていたら何気なく紹介されていた股関節のストレッチを1週間くらいやってみた結果が結構良い感じなので紹介しようと思います。アメリカで「90/90(ナインティナインティ)」と呼ばれているストレッチらしいです。詳細については以下のリンクを参照してみてください。

 

yogajournal.jp

 

僕はハムストリングと股関節が滅茶苦茶硬い体質で、アメリカでの大学時代は夏休みが3ヶ月もあったので、ある年の自己課題として夏休み期間中に毎日開脚ストレッチをして股関節を柔らかくしようと挑戦したことがあったのですが、僕の場合ストレッチをやる時にどうしても「痛気持ちいい状態」で維持出来ず、伸ばしすぎて次の日逆に固くなってしまう事態が多発してしまい、その時のチャレンジはかなり頑張ったにも関わらず失敗しました。それ以降定期的に「開脚するぞ!」と意気込んでYouTubeで「股関節が超硬い人向けのストレッチ動画」を漁って試行錯誤しながら股関節のストレッチに挑戦するのですが、いつも「頑張って伸ばし過ぎて、翌日逆に固くなる」という同じ理由で失敗しており、「開脚」は僕の中では今のところ何度挑戦しても唯一成功していない最も難易度の高いライフハックの一つとなっております。そんな僕が初めて「これなら行けそう」と思ったのがこの「90/90」というストレッチ方法です。このストレッチ方法が優れているのはiPadをいじっている時などに「ながら」で出来るところです。他の作業をしながら適当にやるので僕のやりがちな「やり過ぎ」になり難いのです。このように、なかなか難しいことを簡単に行えるようにするところが、まさにライフ「ハック」の典型例であるように感じられます。こんな有用なストレッチをどこからか探してくるとは、やはりプリズナートレーニングを結構高いレベルで修めている同志はなかなかアンテナが高いなと思いました。

 

また今週から瞑想を始めました。僕は普段から呼吸ではないのですが、絵や書など一つのことに長時間集中することが多いので、創造性が高まったり直感が働くなど、瞑想で得られるメリットとして列挙されるようなものを、瞑想をせずとも普段から感じていたのですが、そんな自分が瞑想を始めたら今よりももっと良くなるのだろうか?と疑問を持ったので、普段の習慣に瞑想を取り入れてみる事にしました。ちなみに瞑想に関しては下のリンク先のKindle Unlimitedでも読める「マインドフルネス瞑想入門」という本を参考にしました。瞑想の頻度と時間については少しずつ時間を伸ばしながら、毎週のプリズナートレーニングのところに記載して報告する予定です。

 

 

こちらの動画も参考にしました↓

 

www.youtube.com

 

最近は座っている時など背筋を伸ばすのを意識するようになってから、今までなかなか改善出来なかった姿勢を徐々に長時間、座った状態での上半身の姿勢が良く見える状態で維持出来るようになってきたり、長期オナ禁をしている所為か故意にやっている訳ではないのですが、普段の声が徐々に低音になってきたのが自分でも分かるようになるなど、ブログネタを推敲する過程で発信する情報の内容も徐々に改善してゆくのと並行して、その情報を効果的に相手に伝えるための姿勢や声といった演出面も地味に強くなってきているように感じます。

 

最近の話題でいえば他にもイーロン・マスクTwitterを買収し、2020年と2021年に消されたコメント数や垢BANされたアカウント数など、具体的に情報が検閲されていたことを表す数字を公開したり、12月の近い内にイーロンの買収前のTwitterの検閲ポリシーに違反して垢BANされていたアカウントを60,000件以上復帰させる予定であったり、また今までのCovid-19についての(リベラル派のTwitter倫理チーム基準で)誤っているとされていた情報に対する検閲ポリシー自体を撤回するなど、リベラルの人々に都合の悪い情報が広まるようになって、その事態に焦り始めたこれまたリベラルなアップルやGoogleApp storeといったアプリをダウンロードするためのプラットフォームからTwitterアプリそのものを排除するという脅しを、何故それを行うのか具体的な説明なしにイーロン・マスクにしているらしく、イーロンはそれに対して、以前から噂に上がっていたTesla Phone Model πという携帯を自分のTeslaブランドから発売して、その携帯でTwitterを独占して言論の自由を求めるSNS難民を獲得しようとしているみたいですね。しかもこのModel πはSpaceXの衛星インターネットであるStarlinkに対応している最初の機種らしいです。

 

木曜日の夜に僧侶の友人と夕食を食べて少し話しましたが、今まで情報の検閲などに気づいていなかった彼が「今まではTwitterが流行らせたいトレンドなどを、自然発生的ではなく社員達が手動でキーワードを入力して、それをアメリカの最大手の主流メディアであるCNNといった主流メディアが今日のTwitterのトレンドは〇〇という取り上げ方をして、それをNHKなどがCNNが取り上げた事実として参照して報道するなど、まるでそれが本当に話題になっているかのような循環論法的な文脈作りをしていた」という事実にイーロンのTwitter買収騒動からのインターネット上の報道での流れから気付いたようで、彼は僕がかなり真剣に止めたにも関わらずワクチンを4回打っているのですが、今でこそサッカーWカップの決勝トーナメント進出の話題にかき消されていますが、それ以前の今週前半のTwitterではCovid-19の誤情報として今まで検閲されていた「#ワクチン後遺症」といった関連タグが頻繁に見られるようになってきており、Wカップ終了後にまたそういう情報が盛り返しそうな雰囲気です。そろそろ政府機関や報道機関、教育機関医療機関は人々の想像以上に腐敗しており、一般人に対する限りなく薄められた殺意に近い悪意があることに気付くか気付かないかという感じで、潜在意識では何となく気付いているけど、顕在意識が認知的不協和を起こして都合の悪い情報を見て見ぬ振りをしている状態で、そろそろ自分の置かれている本当の状況に気付くのも時間の問題といった状態になってきたように思います。

 

ワクチンを打ってしまったのだけれど、打った後にワクチンの危険性に気付いた周りの人に、ワクチンのデトックスについて教えたければ、このウェブサイトに詳しく書いてあるよ、と僕の情報収集しているコミュニティでも「眠っている人々が気づき始めたら」というトラブルシューティングを事前に行って、どう人々を良い方向に誘導するかについて話し合ったりしているので、そこでシェアされた「ワクチンを摂取した後に気づき始めた人の為のワクチンのデトックスについてのウェブサイト」のリンクを下に貼っておきます。

 

www.uracorona.com

 

ただ僕の情報収集しているコミュニティー内でも、まだ気付いていない人に教えてあげるのは、知っている人の責任派と、色々と試行錯誤した結果、ワクチンについては摂取してしまった人は命の危険がある事を伝えてからデトックスについて教えるのは、以前にもブログで書いたように「あなたは騙されていますよと教えてあげる事は、その人のエゴが関わってくる分、人を騙すよりも難しい」という厄介な構造や、「まだ取り返しがつく段階なのだけど、命に関わる間違いを犯したかも知れない」とそもそも考えることにかなりのストレスを感じて、顕在意識がそういった話題を拒否するので、まず間違いを認めて失敗を挽回しようという段階に移行することが出来ない人が多い事など、現実問題として医師免許や放映権といった権威を持たない素人が、まだ気付いていない人が気付くように仕向けるのは難しい派に別れていて、僕の経験上は僧侶の友人にも同じことが言えるのですが、やはり一般の人はテレビが最高の権威で嘘をつかないと思っている人が多いようなので、イーロンのTwitter買収の件などテレビの地上波で取り扱うようになって初めてそれを真実と認識するという傾向があるので、残念ながら現実問題として現段階で気付いていない人に気付かせるのは素人では難しいという認識の方が正しいのかなと思います。

 

僕にとって初めての人生における大きな挫折であった初恋での失敗は、後に儒教関連の本や中国の歴史書を読むことで学問を修める大きな動機となりました。そして今新しく経験している大きな課題の一つは、解釈やアクセスの難しい古典の知識を一般の人に伝えるには理屈の正しさ以上にファッションや話し方といった戦術的な演出力もそうなのですが、それに加えてまずはある程度の権威のある団体に頭を下げて入門してから、入門当初から居る古参の年長者に対して礼を失しない形で内部で出世してゆき、ある程度の肩書きと権威に基づいて発言するなど、より戦略的な演出が必要になってくるという現実問題を味わっております。僕もキャリアについては一度は天下を獲るつもりで今やるべきことをやりコツコツ準備してますので、長期的にはその問題も解決してゆくつもりで居るのですが、短期的に目の前の自己破壊的な思考をしている人々を助けられないのが結構キツいですね。

 

そして学習の遅れている人々に一番効果的な「権威」を以て情報を伝えようとして、ある程度以上高い社会的地位に昇り詰めようとすると、以前のブログ投稿で散々書いたように道徳的に妥協しなくてはいけない構造になっていて、そこに辿り着いたら真実を教えることが自分の破滅に繋がるので、今度は自己保身の為に学習の遅れている人々の為になる真実を教えることが出来ないという構造になっているという、この構図を思い付いた人々の悪意と汚職、自己保身と欺瞞のレベルの深刻さを感じる事が出来るんですよね。こんな目の前で繰り返し展開されている、明らかな汚職のサインに気付かず、その一方で気づいている人々を陰謀論者と呼ぶ一般の人々は、一体普段何を考えて生きているのか正直なところ疑問を持たざるを得ないんですよね。こうやって考えていく内に僕個人の学習と世の中の構図的な認識はどんどん進歩してゆくのですが、肝心の周りの人々との現実認識の乖離が日々開いてゆくのに少し懸念を覚えています。最後はちょっと愚痴っぽくなってしまいましたが、これからも周りの人の学習が進むように試行錯誤していきます。と言う風に、僕も順調に学問を修める過程で「儒教における理想の仙人像」である、耳の痛い諫言をグチグチと言う口煩い爺となりつつあるのが分かります。このペースだと来週あたりに「最近の若いもんは」とか言ってそうです。