金石書画を目指して養生するブログ

書、画、篆刻を学ぶ過程で中国の古典に触れ、将来立派な文人になれるように今から養生していく様子を書いたブログです。

オナ禁559日目

今週も銭湯帰りに自宅からブログ投稿しております。今日は昼過ぎに来客があったので、銭湯に行く時間がズレていつもより投稿時間が遅れております。銭湯を出た時点で18時だったので、それから夕食を作るのも遅いし中国も春節なので、ついでに両親と外食してきました。今週は筋トレとブログネタ推敲を頑張り過ぎてリソースを割くバランスが崩れて、その分だけメインの仕事である絵の制作に影響が出てしまいました。なので来週以降は筋トレもブログネタの推敲もやや抑え気味にして制作の方をもっと頑張ろうと思います。

 

筋トレに関しては肩のメンテナンスでローテーターカフのトレーニングを始めたところ、量が多すぎたのか、翌日の朝眠くなることが増えて午前中の制作や筋トレに支障が出てしまいました。また左手の片手腕立てのフォームが良くないのか回数が安定しないので、効率の良いフォームを覚える為に週1回の頻度で5セット一気にやるよりも、週5、6回の頻度で平日は毎日1セットずつやる方が、綺麗なフォームを覚える為には有効かなと思い試しているのですが、今のところ良い感じなので暫くこれを続けようと思っています。

 

制作に関しては今週は花鳥図の琵琶を描こうとしたのですが、なかなか集中出来ずに行書を書くのが上手くなって少し崩して描く癖が付いてきたのか琵琶も少し雑ですし、鳥もいつも描いている黒いハッカチョウと呼ばれる鳥は描くのに慣れすぎたのか、やはりこれも少し雑に見えてしまい、今週はローテーターカフを追い込むと思いの外眠くなるのを知らずに追い込みすぎて調子が悪かったのもありますが、前回の冬の夜景も失敗を覚悟の上で挑戦したら案の定失敗で、今年は未だ作品が一つも出来ておらず生産性的な意味でも「このままでは良くない」という気持ちが芽生え始めたので、新たな挑戦で気持ちを一新する為に、来週から新しい鳥に挑戦しようと、今週末は鳥の図鑑を見ながら「どの鳥にしようか?」と色々と思索していました。

 

鳥を選ぶときの評価基準としては、やはり見た目や鳴き声の美しさ、生態のユニークさやその知名度などが上がりますが、ウグイスなど鳴き声で有名な鳥ほど地味な見た目をしていたり、他にも保護色なのか茶色や緑色などの鳥が多く、花鳥図の植物に紛れてしまい絵として映えない問題があったり、見た目や声が特徴的で日本ではある程度有名な鳥でも、海外の人には知名度が低そうな惜しい鳥が多くて、なかなか決めるのに苦労しましたが、結局は「カワセミ」を描くことにしました。カワセミは世界中に色々な種類がいるので海外の人々も知ってますし、視覚的にも派手ですし、生態もユニークなので絵になると判断した次第ですが、現実問題としては「描くの滅茶苦茶難しいだろうな」というのは本音としてあります。ただ今年は去年よりまた一回り成長したいという欲求が強く、今年のテーマとして山水画では冬(雪景色)の夜景に挑戦して、花鳥図では何に挑戦しようか悩んでいたので、描くのが難しい鳥を自分の得意な題材に出来れば理想的だなと思ったのでそういう方向に行こうと思った次第です。

 

ブログネタに関しては住職の友人が結婚を控えていて、これから彼は奥さんとの生活が中心になってきますし、それから話題的にも彼の社交の輪も既婚者との付き合いが増えると思うので、少し疎遠になると思います。また自分磨きをするには独身の間に試行錯誤するのがやはりモチベーション的にも効率的ですので、年末年始の忘年会や新年会で久々に集まった、今まではあまり付き合いのなかった独身組の友人達とこれからは付き合いを増やしてお互いに情報交換しながら切磋琢磨し、彼らとのコミュニケーションを取る中での気付きを中心にブログネタを推敲していこうと思います。なので今年は色んな意味で新たな挑戦の年になりそうです。ブログネタ的には現在伝えたいことがあり過ぎて結果的に情報過多気味になってきております。来週からは再び「制作」を中心に1週間のリソースをバランスよく分配したいと思いますので、少し前のめりに情報を一気に出し過ぎているのを改めて、もうちょっと抑えて読者の方も消化しやすい見せ方を心がけようと思います。

 

以下は今週のプリズナートレーニングとなっております。

 

月曜日: step10ワンアームプッシュアップ 左右11回3セット step8ハーフワンアームプルアップ(ネガティブ) 左右10回1セット 左右9回4セット 散歩2km 縄跳び3850回 瞑想10分5セット この日のトレーニングは左手で行うワンアームプッシュアップのフォームが悪かったのか、力がうまく入らず4セット目の5回目くらいで限界が来たので、実質3セットしか出来ませんでした。右手は少し余裕があるのですが、シンメトリーを維持しつつ鍛えたいので、弱い左手の方の記録に右手を合わせて鍛えています。片手腕立ては左右で正しいフォームを覚える為に、週に一度だけの頻度で5セットで追い込める限界までやるのではなく、しばらく週5の頻度で1日1セットずつやる方が良いのかも知れません。なのでちょっと試行錯誤してみます。というか、片手腕立てはstep10の上級者の基準である1セット左右100回ずつの記録が超人的過ぎるだけで、僕も一応はstep10の中級者の基準である1セット左右10回ずつを超えてるので、結構強い方の筈なんですよね。片手腕立ての上級の基準である1セット左右100回ずつは、倒立腕立てのstep10の上級者の基準である、「片手」倒立腕立て(バランスを取る為に壁に足をつけた状態で行うようです)1セット左右5回ずつを目標にした予備運動的な意味合いが強いと思っております。スクワットはそろそろstep10の上級者の基準である1セット50回に順調に近づいていますが、上半身は利き手ではない方の肩周りの弱さがボトルネックとなっており、肩周りは複雑な筋肉群から成るので、怪我を予防する為にはかなり調べながら試行錯誤しなければならないようで、限界突破するのにも時間がかかりそうです。

 

火曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回2セット step4アンイーブンハング左右47秒2セット 左右41秒3セット step10ワンアームプッシュアップ 左右10回1セット インターナルローテーション 10セット左右20回ずつ エクスターナルローテーション 10セット左右20回ずつ アウトワードローテーション 10セット左右20回ずつ 散歩2km 縄跳び3860回 瞑想10分10秒5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。先週は肩周りのトレーニングを書くと煩雑になり過ぎるので書かないと言いましたが、これからの試行錯誤で左肩の調子が良くなった時に、同じ悩みを抱える読者の方が遡ってトラブルシューティング出来るように、そこに至るまでを辿った軌跡を今の内から書き記しておくことにしました。この日から朝一番に片手腕立てを週5で1日1セット左右10回ずつ行い始めました。

 

水曜日: step10ワンレッグスクワット左右46回2セット 左右8回1セット Vレイズ14回4セット step10ワンアームプッシュアップ 左右10回1セット インターナルローテーション 4セット左右20回ずつ エクスターナルローテーション 4セット左右20回ずつ アウトワードローテーション 4セット左右20回ずつ 散歩 縄跳び3870回 瞑想10分20秒5セット この日のトレーニングは前日にローテーターカフのトレーニングをやり過ぎたのか、疲れて午前中寝てしまって朝の1セット落としてしまいました。なのでこの日からはローテーターカフのトレーニングの量を以前の半分弱にしております。筋肉痛にならなくなったら翌朝眠くならなくなると単純に思っていましたが、高回数やると思っているよりも運動強度が高いようです。あと1回の瞑想の時間が長くなるにつれて、日中に瞑想の為にまとまった時間を取るのが難しくなってきました。朝と夜は長めの時間があるのですが、日中は絵に筋トレに情報収集にブログネタ推敲に忙しいですからね。このままのペースだと15~20分の長めの瞑想を朝と晩にそれぞれ、1日2回とかに落ち着きそうだな、と思っております。

 

木曜日: 散歩2km 瞑想10分30秒5セット インターナルローテーション 5セット左右20回ずつ エクスターナルローテーション 5セット左右20回ずつ アウトワードローテーション 5セット左右20回ずつ step10ワンアームプッシュアップ 左右10回1セット

 

金曜日: step9クロージングブリッヂ2回5セット(ウォーミングアップ) step10スタンドトゥスタンドブリッヂ 10回2セット 9回3セット 左肩のリハビリ:ディップス 24回5セット step10ワンアームプッシュアップ 左右10回1セット インターナルローテーション 5セット左右20回ずつ エクスターナルローテーション 5セット左右20回ずつ アウトワードローテーション 5セット左右20回ずつ 散歩2km 縄跳び3880回 瞑想10分40秒5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。

 

土曜日: 瞑想10分50秒5セット この日は朝の9時から3時まで高校の同級生達と御殿場アウトレットへ行っていたので、筋トレはお休みしました。

 

日曜日(今日): 散歩2km 縄跳び3890回

 

先週の日曜日の「僕と波長の近い、最近気づき始めた友人」とのオンライン会議では、彼が幾つか疑問を持っていた質問に対して答えていました。そして後半は裏で始動していると噂されている、新しい金融システムについて少し話し、いくつか予習用の資料を彼に与えてから今回のオンライン会議を終えました。次に話すのは2週間後の日曜日になる予定です。

 

まず彼の抱えていた大きな質問として、NASAの月面着陸のがスタンリー・キューブリックによってアリゾナの砂漠で撮影されたという陰謀論が、幾つかの説得力のある証拠とともに陰謀論界隈ではかなり前から語られており、仮にその説が本当だとしたら、そもそもどの様な動機があって月面着陸のフェイク映像を作らなければならなかったのか?という質問がありました。

 

僕はそれに対してフィクションの世界で出てくる地球を監督する善良なエイリアン種族達による「銀河連盟」と地球上のヒエラルキーの関係を例えとして挙げて答えてみました。

 

そしてその話の前提として、僕が「オナ禁440日目&468日目」で描写した様に、この世の中は道徳的に妥協した悪い奴という雰囲気を醸し出していないと、そもそもアルファ雄に挑戦出来ない構造になっているのを説明しようと思います。というのも「何のタブーも犯していない清廉潔白な奴」が「なんでも有りの戦いで積極的にタブーを犯して現在のアルファ雄」になった奴を下すと、喧嘩の後の戦争裁判において、清廉潔白な新しいアルファ雄は「自分だけは有罪にならずに」前のアルファ雄の一族郎党が人道に対する罪を犯したという理由で全員粛清(処刑)する事が可能となり、「タブーを犯した」前のアルファ雄とその一族が勝った後の「出口戦略が失敗」する事で「悪いことをした奴は最後には破滅する」というカルマの法則が成立してしまい、これはタブーと欺瞞を追求する事で既得権益層になった古いエリート達は都合が悪いからです。

 

オナ禁440日目から抜粋↓

 

その一方で実は真の文化資本というのは「アルファ雄を決める闘争に関わる学問」であると個人的には思います。それが権力の中枢でマウントを取り続けたり、マウントを取り続けた結果、仮に天下を獲れた場合の当然の成り行きとして、アルファ雄を交代する時に殺されない為の出口戦略を身に付けるのであれば儒教、そして一度中央でアルファ雄を目指したが、その時は敗走して地方に落ち延び、食養生や鍛錬を行い、そして争いの少ない地方において、中央で競争する上で目先の戦いに集中せざるを得ないライバルの戦略を大きくメタった戦略を考える事で、能力のピークを人生の後半にズラしつつ、地方で徳の高い君子を見出し、それを担ぎ上げて中央に再挑戦する為であれば道教など、天下を獲ろうとした結果の当然の成り行きから生まれる体系的知識を子々孫々と伝えていって、いつかは本当に天下を獲れるような学問こそ真の文化資本と呼べると思います。

 

今回はそんな僕の考えるところの真の文化資本の一つである儒教における、アルファ雄の世代交代についての話になりますが、実際の世代交代の時に辿ると想定されるルートには、現在のアルファ雄が大きすぎる権力を持った結果の当然の成り行きである、人道に対する犯罪を犯しているか否か、また彼らの出口戦略の演出に次のアルファ雄が乗るか乗らないかの選択肢によって大きく分けて三つの世代交代が成立するルートがあるように思います。

 

一つ目は、現在のアルファ雄が次のアルファ雄による革命の大義名分になるような、絶大な権力に基づいて人道に対する犯罪を行っていた場合且つ、次のアルファ雄が徳が高い君子で、現在のアルファ雄の不徳を許せずに演出抜きでエリート一族を一旦皆殺しにして、現在のアルファ雄が出口戦略に失敗しつつ次のアルファ雄が革命に成功するルートです。これが皆さんもよく知っている、古典的な革命からの汚職エリート皆殺しルートですね。

 

二つ目は、現在のアルファ雄が絶対的な権力を持っていたにも関わらず、史書漢書といった中国の各王朝の歴史書などを読んで学んだ教訓から出口戦略について考えた挙句、人道に対する犯罪のような致命的な汚職を行っておらず、そして比較的綺麗に為政を行なっていた一方で、単に王とその幹部の能力不足で国が傾き始めた場合、より徳が高い次のアルファ雄への「禅譲」が発生します。これが本来、世代交代の時に辿るルートとしては一番綺麗で理想的なルートと言えます。

 

禅譲とは。

禅譲(ぜんじょう)は、君主(ほとんどの場合、皇帝)が、その地位を血縁者でない有徳の人物に譲ることである。実際には、歴史上禅譲と称していても譲られる側が強制して行われていることが多い。

また、天子に限らず、比喩的に地位を平和裏に譲ることを禅譲、無理やり奪うことを簒奪と呼ぶことがある。

中国伝説における禅譲[編集]

中国の伝説上の聖天子は、血縁関係によらず有徳の人物に帝位を譲ったとされる。例えば、五帝と呼ばれる天子たちは、禅譲し、舜が禅譲した。このような伝説は、儒家が過去を理想化する中で生まれた。実際の権力交代では武力や流血、権謀術策が少なからず伴ったと考えられるが、文献が書かれたその時々の権力への正当性の付与や、儒家の思想の根幹たる「礼」を成立させるためにこのような理想化が行われたと考えられる。

国史に限らず、太古は王位にさしたる利権がないがゆえに世襲とならず(世襲という概念が存在せず)、有力者が王位を継承していた事情を反映している可能性もある[1]

 

〜中略〜

 

これから話すのは三つ目のルートで、これは現在進行形のルートなのであまり一般には語られず、それ故に状況を複雑にしているルートなのですが、これはどのような形で世代交代が成立するかというと、現在のアルファ雄が絶対的な権力に基づいて人道に対する犯罪を行っていた場合且つ、次のアルファ雄候補が演出寄りの、器的には世代交代を成功させるには実力不足だった場合、「前のアルファ雄と同様の人道に対する犯罪を犯させて、秘密と快楽を共有して共犯者にする事で、構造的に自らも犯罪者にならずに前のアルファ雄を人道に対する犯罪で告発出来ない立場にして、表向きは現在のアルファ雄が地位を交代するが、次のアルファ雄を傀儡とした現在のアルファ雄による院政を確立させる」ルートに突入します。これは現在のアルファ雄が人道に対する犯罪を行っているにも関わらず、出口戦略を成功させたい場合に行われます(要するに実力で勝っているにも関わらず、自分より実力的弱者に勝ちを譲る見返りに粛清を避ける為に行われる、負けたフリの事ですね)。このルートは仮に数世代に渡って繰り返す事に成功しても、前の世代のアルファ雄の出口戦略の一環として、世代間の快楽と秘密の共有による人道に対する犯罪自体は犯しているので、どこかの時点で徳の高い君子に一族郎党皆殺しにされる一つ目のルートに突入します。

 

三つ目のルートから一つ目のルートに突入させたくない院政を敷いている権力者はとにかく殺されたくないので、演出が分からなそうなガチっぽいタイプのアルファ雄を出来るだけ淘汰しようとします。その一方で空気を読むのが得意で演出は得意だが実力に乏しく、見た目だけの似非アルファ雄達(芸能人やインフルエンサー)をある程度の社会的成功と引き換えに子飼いにし、表向きの世代交代を繰り返しどんどん院政を敷いていきますが、トップは交代していないので命令系統がどんどん複雑化してゆき、つまり誰が黒幕なのか分からなくなってきます。

 

血は水よりも濃いと言いますが、人道に対する犯罪の共犯者になって勝たせてもらった、空気を読むのが上手く演出が得意で実力に乏しい似非アルファ雄達は、前のアルファ雄達の家族と婚姻関係を持つに至って、どんどん次のアルファ雄(身内)がそのまた次のアルファ雄(これまた身内)へという風に、各世代のアルファ雄の地位を、あくまでも外部の人には一つ目のルートでの革命を起こさせない為に、建前上はガチで競争して勝ち負けが決まっているという演出をすることで一般大衆のガス抜きをしながら、アルファ雄の地位を身内で順番に持ち回りで担当するというプロレスが繰り広げられます。これはトランプがアメリカ大統領だった当時、歴代45人の大統領のうち43人は親戚関係にあったという調査の存在や、フリーメイソンといった秘密結社で自分がどの地位まで上り詰められるかは血筋で前もって決まっているというフリーメイソンのエリートメンバーの垂れ込み情報など、テレビの情報を鵜呑みにしない、自分で調べるタイプの人にとっては、情報網を広げる事で得られる散在する情報を、点と点をつなげながら調査を行う過程で、どうやら本当らしいという事が分かってきます。

 

こういう競争の演出が繰り広げられている舞台にエリートと血縁のない実力ガチ勢が腕試しに挑むと「自分の方がどう考えてもあのバズっている〇〇よりも純粋なコンテンツの質では勝っているのに、なかなか評価されない」という経験をします。というのも、人道に対する犯罪の共犯者になる事で、前のアルファ雄を物理的に告発出来ない構図になったからこそ今のアルファ雄の地位に収まっている、本来その器ではない時の権力者は、自分の世代交代の時の出口戦略の演出で、実力行使の末の粛清ではなく、あくまで空気を読んで汚職の共犯者になることで、やはり人道に対する犯罪を告発出来ない構図を受け入れてくれるタイプの徳の低い似非アルファ雄を求めているのであって、ワンチャン空気を読まずに普通に粛清してくるタイプの真面目で徳の高い実力ガチ勢は、代々受け継がれてきた出口戦略を頓挫させてくる可能性のある、いわゆる超危険分子といえるからです。

 

オナ禁468日目から抜粋↓

 

まあこれは好きなことを仕事にしようとしている人間の宿命のようなものですが、だからといって若くして泡銭を稼ごうとバズろうとしても、そのスケベ根性を利用されてプロデューサーに搾取されて終わったりするので、コツコツやるべき事をやっていく必要があるのですが、絵を売るときには純粋な絵画制作技術だけではなく、少ない資本でコスパを考えながらファッションを含めて正しい演出にも力を入れないと売れないというアーティスト共通の課題で詰まるというアンビバレントな構図になっているのですね。そして結局は演出の実用性を考えた時に「僕が自分を見てどう思うかは重要ではなく、見る側が僕を見たときにどう思われるかが重要」というのが演出の本質になってくるので、僕が体を鍛え始めて、儒教といった文化資本を身につける過程で、周囲が勝手に「こいつはアルファ雄を決める争いに関わってきそうだな」と判断された時に、ちょっと悪そうな香りを醸し出してないと「もし清廉潔白そうなこいつがアルファ雄になったら、空気読まずに前のアルファ雄の出口戦略度外視で粛清してきそうだな」と思われて、挑戦権も与えられず敬遠される事態になってしまうので、現実的に考えると、僕の意見云々は置いておいて、昔のように演出は度外視して実力だけで勝負していた時代に経験した挫折の教訓から学び、その当時以上の結果を出そうとしたら、演出でちょっと悪そうな雰囲気を醸し出す必要性が出てくるんですよね。

 

しかも今の世の中で大金を稼ごうとすると、ある程度悪いことをしないと稼げない構図になっているのも分かっているので、それこそ中国の水滸伝で描かれる任侠とかのように、腐敗した社会で道理を通そうとすると汚職幹部に命を狙われる構造になっている為に、ある程度は偽悪的に振る舞って、汚職幹部の信頼を得て十分に高い社会的地位を得てから一発かまして、皆がやりたかった汚職撲滅などを達成した結果、人心を掌握して天下を獲るコースがあるなど、アウトローの道は近視眼的には不正解だけど、大局的に見ると野心的過ぎて難しいのだけれど倫理的にはある意味正解のルートもあって、最初から権力に迎合して善い人そうに擬態している汚職幹部を目指すコースは近視眼的には正解で比較的現実的なコースだけど大局的に見ると倫理的には不正解という考え方も出来て、女性は汚職で小金持ちになっている真面目系クズなおっさんよりは、偽悪的なアウトローに惹かれるのと「良い人が好き」という言葉は大きな意味では矛盾していないと思うんですよね。表面的に良い人になろうと女性に親切にする男は下心を見透かされているからモテないし、そのくせモテないからといって女性を貶す小者なところが女性が一番嫌う理由というか。そういう意味では女性の本能って結構、男性の理性を超えている部分があると思うんですよね。

 

ただこの偽悪的に振る舞って汚職幹部の信頼を得て、十分に高い地位を得てから一発かまそうとする人材が出てくるのは、汚職幹部には既に知られている現象で、他のエリート達と快楽と秘密を全く共有せずに社会的な階段を上がろうとすると周りの汚職幹部達から「あいつは汚職を一切やらずに、エリートの仲間入りしようとしてるってことは、自分が有罪にならずに他の汚職幹部を告発出来る立場になりつつあるということで、それってつまり我々汚職幹部にとって危険な存在になりつつあるという事だよね?」という雰囲気が出てきて、少しずつ不健全な女遊びとか体型、体調管理が困難になる程の高頻度の飲み会など、少しずつ自己肯定感やモラルの下がる敷居の低い遊びから始める事で、後々汚職幹部に一発かまそうとしているプレイヤーは、当然のようにまずはとにかく偽悪的に振る舞って汚職幹部の信頼を得る為に表向きは汚職幹部の遊びに付き合わないといけず、自分の身を滅ぼす直接の原因となる、決定的な汚職だけは避けるような振る舞いをしなければならないのだけれど、周りの汚職幹部達は自己保身の為にその倫理観を絡め手で時間をかけて崩す方法を熟知しており、「このゲームに唯一勝つ方法はプレイしない事」という事態が発生するのですが、悪い遊びをしないとアルファ雄への挑戦権が与えられず、仮に挑戦権を与えられる状況になったらいつのまにか自分も共犯者になっているので、最早自分が有罪にならずに告発出来る立場になっていないという、初見殺し的な構造をしている訳ですね。

 

しかし同じような志を持ってこのゲームをプレイしている、既にある程度の信頼と地位を手に入れた偽悪的に振る舞うプレイヤーの存在を考えると、そういう志を隠し持った人を少ない情報から何とか探し出し、その人の派閥に入る事で「あいつには俺が悪い遊びをしっかり教えておくから、安心していいぞ」と周りに言っておきながら「俺はここまでしか来れなかったけど、お前ならもっと上に行ける」という期待を込めて、偽悪的に振る舞うプレイヤー達がリレー形式で悪徳エリートの支配するグループの上層に浸透している構図が見えてきますが、こういうのは手に入る少ない情報と想像力に基づいて、自分のプレイしようとしているゲームがどういう構造をしているのか積極的に考えようとしなければ、所々に散りばめられた「初見殺し的な罠」にハマって自分もある時点で必ず共犯者となってしまい、あと自分に出来る事は「後続に悪い遊びを教えるフリをしながら虎の子を温存して、そいつが汚職幹部達に一発かまして人心掌握し、天下を獲る事が出来れば、自分も粛清される可能性は残るが、その貢献度に基づいて、そうするしか選択肢がなかったという状況を照らし合わせた情状酌量の余地が残されているかも知れない」という、自分の後続が仮に下克上に成功したら自分も粛清されるかも知れないが、やるべき事をやるという倫理観に基づいて消極的に腐敗した構造に抵抗するか、もしくは「自分の代だけで良いから死ぬまで逃げ切ろう」と考えつつ「悪い事をすればするほど出世する」という経験則に基づいて悪事を重ねていく汚職幹部の両極端に枝分かれしていくのかなと思います。

 

以上抜粋終わり

 

という訳で上の抜粋の内容を纏めると、勿論ある程度の能力は必要ですが、能力だけで出世しようとすると、そこにはガラスの天井があり、そこから先へ進もうとするとどうしても我々の環境、つまり地球上では道徳的に妥協すればする程、ヒエラルキーの上層に移動出来るという文化の浸透した惑星であると言う事が出来ます。つまり銀河連盟があると仮定した場合に彼らの目線で地球人を見た時に「地球のヒエラルキーの上層は道徳的に妥協した悪人達で、中層~下層は善良だがエリート達の欺瞞を見抜けない無能な人々の集まり」となり、エリートである悪人達が地球外の成熟した銀河社会にとって危険になるのは勿論のこと、実は「中層~下層の善良だが欺瞞を見抜けない人々」も成熟した銀河社会にとっては同様に危険な存在であると言うことが出来るのです。という訳でその理由を「オナ禁503日目」のブログ投稿で説明しております。

 

以下「オナ禁503日目」より抜粋↓

 

英語の表現の一つに"If you are not a part of the solution, you are a part of the problem." と言うものがあります。直訳すると「もしあなたが解決策の一部でなければ、あなたは問題の一部である」となり、分かりやすい日本の例を挙げれば「いじめをする奴も悪いけど、いじめを目撃して何もしない人々も同じくらい悪い」という表現に通ずるところがあります。

 

僕も世の中の不正や汚職を長年観察して思うのですが、悪人の間にも「普遍的な法則」のような不文律があるようで、それは「被害者の同意を得られなければ不正は決して働けない」というものです。「犯罪者がそんなに紳士的なはずはない」と実際に騙された経験があり、尚且つ自分の非を認めたくない人は言うかも知れませんが、これは僕の分析によると「自由意志の尊重」などといった高尚な理由などではなく、契約社会においては、例えば「一杯のコーヒーを一億円で買う」といった契約や「一棟のマンションを百円で売る」といった、どう考えても不公平な契約だったとしても、その契約を交わす当事者同士がその契約にYESと言えば、その契約は法的に成り立ってしまい、仮に契約を交わした人が後になって「あの契約は公平ではなかった」と訴えても、契約を悪用した詐欺師に「でもあなたはあの時契約を理解してYESと言いましたよね?」という逃げ道を与えてしまうために、悪意を持った者が合法的に逃げ道を作るために、被害者の同意をどうしても必要とするという構図になっているように思います。つまり犯罪者の焦点というのは契約内容を如何に当事者同士の間で公平になるように改善するかではなく、如何に不公平な契約にYESと言わせるかという部分になっており、契約にYESと言わせるために暴力をチラつかせて恐怖を煽ったり、性接待や賄賂などを用いて、その契約を交わすことで、例えば相手の勤めている会社全体に負債が発生したとしても、契約の決定権のある個人にだけは匿名で利益が発生する構図にすることで、やはり不公平な契約にとにかく「YES」と言わせようとする構図になっていることが分かります。

 

こんなエスニックジョークがあります。これはアメリカ人とロシア人と日本人のそれぞれ経営する企業にロケットの開発を外注するとしたらどうなるかといった内容になっていて、まずお金を出して外注する側が、それぞれの会社にインタビューをするのですが、まずロシアのA社に話を聞くと、A社はローテクを駆使してギリギリ飛べるロケットを100万ドルで作れると言います。次にアメリカのB社に話を聞くと、B社はハイテクを惜しみなく盛り込んだロケットを200万ドルで開発すると言いました。最後に日本のC社に話を聞くと、C社はまず300万ドル必要だと言います。そして100万ドルでロシアにロケットを作らせ、あなたと私に100万ドルずつ渡します、と言いました。このように、契約社会においては契約の内容が不公平だったとしても契約の決定権を持つ人に匿名で利益誘導することで契約を勝ち取れてしまうという不都合な構造をしているのが見て取れます。

 

そしてよく考えてみれば暴力をチラつかせてきても、現代社会で契約を交わす際に本当に暴力を用いたら、犯罪者の間で観察される普遍の法則に則っていないために、彼ら自身の出口戦略が危うくなりますし、そもそも性接待や賄賂に「YES」と言わなければ、肝心の不公平な契約に「YES」と言わざるを得ない構図、つまり犯罪者に逃げる口実を与える必要性もなくなる為に、やはり犯罪者は被害者の心の弱みに漬け込むことで、彼らの合意を得た上で不正を行わなければ、法的な出口戦略が危うくなる為に、道理を理解しているレベルの高い犯罪者ほど、不正を犯す際にはどうしても被害者の同意を必要とする構造になっているという事実が分かります。こういった不正を行おうとする者達につけ込まれるような心の弱さを持つ人々は世の中を改善したいと思っている人々の重荷になりがちです。何故なら民主主義国家において過半数である彼らは一部の真実に目覚めた人々が、不正を行うエリート達の奴隷で居続けるのを許しているからです。彼らは自分は暴力をチラつかされ脅されていたとか、匿名で性接待や賄賂を貰っていたという理由で全体の利益を損なう契約にYESと言い、自分は騙されただけだとか、上の言う事を聞いていただけだとか言うのです。これは積極的に問題を解決する姿勢を見せずに現状におもねっている多くの人々が実際に「もしあなたが解決策の一部でなければ、あなたは問題の一部である」という事実を証明していると思います。

 

以上抜粋終わり

 

つまり地球はタブーと欺瞞を追求するエリート達だけでは無く、そのエリートがタブーを犯すのを無知や諦めによって許してしまう大多数の善良なはずの一般市民でさえも、地球の外側にあると仮定される「なんでも有りのルールでタブーを積極的に犯して一時的に勝ったとしても、同様のなんでも有りのルールの勝負で世代交代の時に負けると今度は自分が殺されてしまうので、道理を考えるとそもそも勝つ時にタブーは犯さないで綺麗に勝つ事が、勝った上で尚且つ自分の出口戦略を成功させる唯一の道である」というカルマの法則を信じる成熟した銀河社会にとっては危険な存在であるという事実が見て取れます。

 

この銀河社会から見た時の「悪徳エリートと、無知または諦めによってそのエリート達の腐敗を許す大多数の一般市民という厄介な構図」を解決する唯一の方法は、「一般市民が立ち上がって悪徳エリートたちの出口戦略を許さずに、カルマの法則を成立させる事で、成熟した銀河社会に迎え入れても危険ではないと認識される事」です。

 

あとは仮に銀河連邦との交流が始まったら高度なテクノロジーが入ってくる事が予測されますが、そうした場合に軍事的に避けられないであろう当然の成り行きというのは、例えば「現代社会においては核技術にアクセス出来るのは、そもそも政治的あるいは倫理的に正しい振る舞いが出来る科学者のみ」という事実の為に核戦争は起こっていません。要するに文明が高度な発達段階に入ると数学や物理といった純粋な自然科学の理解よりも、政治科学や経営学といった社会科学、倫理学や美学といった人文科学の理解の方が、社会に大きなインパクトを与えるであろうテクノロジーを運用した当然の成り行きを考慮した結果、より優先されることが理解出来ます。これはつまり、フリーエネルギーや量子力学、メドベッドやレプリケーターといった、核技術よりも社会に大きなインパクトを与えるであろうテクノロジーにアクセスする為には、人類は純粋なテクノロジーの理解以上に、それらを運用する者として政治的、そして何より倫理的に正しく振る舞えなければ、それらのテクノロジーへのアクセスが禁止されてしまう構造になっていると言い換えることが出来ます。

 

そして最近は「政治的正しさ」が西欧でよく謳われるようになりましたが、ブログの前半でも書いた通り、実際に政治的正しさを最大化する時には必ずしも倫理的正しさが最大化されるとは限らない構造になっている事から、世の中の政治家は政治的には正しい振る舞いをしているのだけれど、倫理的には正しくない振る舞いをしているが故に、高度なテクノロジーにアクセスする権利がなく、また僕の分析によると我々が倫理学といった人文科学的な基準を満たしていない事実から6000件以上の抑圧されたテクノロジーの特許が我々から隠されており、それらの特許に共通するのは、いずれも社会へのインパクトが大き過ぎることから、倫理学といった人文科学一般が十分に成熟していない我々にとっては運用に危険が伴うテクノロジーであるという事実のために上位の存在に抑圧されていると言うことが出来ます。

 

つまり我々は少なくとも数千年は続いたタブーと欺瞞を追求することで覇権を維持してきた血族エリートに対して一般市民が立ち上がる事で、彼らの出口戦略を頓挫させ、カルマの法則を成り立たせる事で人類全体が倫理学のテストに合格し、その経験を教訓として残し、そして美徳を追求しても危険を感じたり出世が危うくなったりしない、要するに悪徳の時代から美徳の時代に移行し、抑圧されたテクノロジーの数々を享受する過程を経験している段階なのだと僕は理解しています。

 

つまり月に着陸した映像を捏造して、月に生命はいないとか、宇宙に存在するのは人類だけであって、我々は孤高の存在であると一般人に印象付けて、実際に宇宙レベルの序列が分かっていれば、地球の悪徳エリートなど実は取るに足らない「幼稚園の砂場を支配する悪ガキ」レベルの存在なのを「地球人に限ったカテゴリーであれば」宇宙に唯一存在する人類の最高峰であるという印象操作をしたり、善良な宇宙人の存在と同時に自分達の汚職を隠蔽する事で、汚職エリートがどれだけ慈悲深いマスターなのかという欺瞞を、彼らの奴隷である善良な一般市民の間で浸透させたり、一方で邪悪な宇宙人が侵略してくる映画を作って、やはり宇宙には我々以外は存在しないか、存在しても邪悪な宇宙人しかいないという情報操作をして、外の世界への恐怖を抱く様なマインドコントロールを施しやすくする為という、月面着陸の映像を捏造する裏には、一般市民を非常に虐待的に扱っている汚職エリート達にとっては、そうするのに十分過ぎる動機が見え隠れしているというか「むしろそうするしか手がなかった」とさえ言えます。

 

ちなみに少し上で話した抑圧されたテクノロジーの中には嘘が誠か、ある条件下である程度先の未来まで見ることの出来る、ルッキンググラステクノロジーという物があると言われており、下の動画はそのテクノロジーで未来を見通した人々の見解となっております。


プロジェクトルッキンググラスについての動画リンク↓

 

www.youtube.com

 

あと、これからは定期的に良さげなスピリチュアル関連の記事を見つけたらシェアしようと思います。最近の記事は情報発信者がよく勉強して頑張って発信しているおかげか、僕が関連情報を集めていた数年前のものよりも、良くまとまっていて内容も正確なものが多い印象です。

 

ameblo.jp

 

ameblo.jp

 

blog.livedoor.jp

 

オンライン会議の後半に話した金融関係について触れようと思います。この話を理解する準備としてGESARAやNESARA、QFSといった概念について予習する必要があります。悪いニュースはこういう情報の中でも有用なものは検索エンジンでかなり検閲されている様で、自分が知っていることを後から人に教える為にキーワード検索しても出てこなかったりするので、これからは良い感じに情報のまとまった記事はブログネタ用にブックマークしておこうと思います。良いニュースは、周りに教えようとしても、そういう情報が探せなかった人々などが既知の情報を複数のコミュニティー内でまとめて、数年前なら情報量が少なくネット上に広く分散していた情報がよくまとめられた記事が出回りつつあるので、後発者も幾つかの良さげなコミュニティーにアクセスする事が出来さえすれば、情報の裏を取りつつ情報収集するのが以前と比べて容易になっていることです。


NESARA・GESARAについてのnote↓

 

note.com

 

QFSや暗号通貨についての動画(英語)↓

 

www.bitchute.com

 

www.bitchute.com

 

www.bitchute.com

 

僕は結構英語の情報源を活用しているので、ある程度ディープな情報になると読者の方も英語が出来ないと、ソースを張った時にそこから有用な情報を得るのが難しいかも知れません。一応上の動画の情報を簡単に訳してまとめたページを貼っておきますが、情報量はかなり少なくなってしまいます。

 

note.com

 

上の動画やその翻訳まとめで語られているLobstrアプリで扱われているStellar Networkとは?初心者~中級者向け(日本語有りなので、英語が苦手で上の動画内容が分からない方は必読です。多分日本語では一番詳しいStellar Networkについての説明になっております↓)

 

QSIResources.com

 

暗号通貨界隈は詐欺師が多いので、騙されない為にもしっかり上のリンク先の基本を読んだ上で、やるとしても失っても痛くない程度で、勉強したことが理解出来ているかの答え合わせ感覚で、そしてもちろん自己責任で遊ぶことをお勧めします。

 

僕が結構ディープな情報を発掘していく過程で、自分で調べる癖のない人々との現実に対する認識の乖離が日々大きくなることに危機感を持ったのも、我々は真実を知らされてないだけでは無く、悪徳エリート達によって意図的に誤情報を小さい頃から義務教育によって刷り込まれているという結果に至ったからなんです。今回のブログは「僕と波長の近い、最近気づき始めた友人」とのオンライン会議が思いのほか盛り上がってしまったので、かなり情報量が多くなってしまいましたが、今晩のその友人とのオンライン会議は向こうが忙しいようでお休みになるので、一旦いつもの情報量に戻ると思います。

オナ禁552日目

顔真卿の行書

 

今日も銭湯帰りの自宅からブログ投稿しております。この日も「波長の近い、最近気づき始めた友人」とオンライン会議です。前回のオンライン会議では僕が調べた情報のまとめを一気に報告して、彼はそれを時間をかけて消化している様です。特にワクチンが体に悪いという情報には認知的不協和を起こしたらしく、デトックスを遠回しに勧めたのですが、今のところ勧めた方法を行う気はない様で、この辺の説得はやはり難しいものがある様です。最近は僧侶の友人が4回打っているにも関わらずコロナになって、治っても咳をし続けていたり、左腕が痛いとか、一緒に歩いていたら、急に「ぎっくり背中」になるなど「原因に心当たりは無いんだけど、最近滅茶苦茶調子が悪い」と言っており、彼の母も帯状発疹が出て神経痛になったり、ワクチンを打った人々の不調が顕在化してきた様に思います。波長の近い、最近気づき始めた友人はデトックスに関しては響かなかった様ですが、スピリチュアルな話題を聴きたがっていたので、スピリチュアル情報を多めに提供しておきました。なので今週のブログは先週のオンライン会議で彼に話した情報に基づいているので、スピリチュアル中心の投稿となっております。

 

今週の制作は顔真卿の行書の臨書を行い、トレーニングは左肩のリハビリでローテーターカフ周りのインナーマッスルを鍛えるトレーニングをやり込んだら上背部がバキバキに筋肉痛になりました。自分では結構全身鍛えていたつもりでしたが、まだ弱い部分があった様です。特に左手のインターナルローテーションで使う筋肉が弱かったらしく、最初は少し痛かったです。片手腕立てが左右11回ずつ5セットを迎えた辺りから、左手と右手の筋力差がより顕在化してきた様に思います。というのも左肩の奥のギアが上手く噛み合っていない様な感覚があり、一応ノルマの回数は出来るのですが、右手は結構余裕があるのに対して左手はなんかフォームが悪いのか、肩周りに無駄な筋力が入っている割に回数が安定しないんですよね。なので倒立腕立てや高回数の片手腕立てを行うにはどうしても肩周りの健康の維持が重要になってくる様です。という訳でこれからも色々試行錯誤していきます。自己流で色々やりましたが、結局は王道ローテーターカフトレーニングである、インターナルローテーション、エクスターナルローテーション、アウトワードローテーションに落ち着きますね。大学時代にウエイトトレーニングをやっていた頃は、怪我の予防に軽いダンベルでベンチに横になって行い、その時は効いているのかどうかすら分かりませんでしたが、今は鉄棒にトレーニングチューブを引っ掛けて行い、上背部がバキバキの筋肉痛になって、久々に朝ベッドから起きたくなくなる位に効いたので、ダンベルよりもトレーニングチューブの方がずっと効き易い様です。

 

以下は今週のプリズナートレーニングと有酸素、瞑想の結果となっております。

 

月曜日: step10ワンアームプッシュアップ 左右11回5セット step8ハーフワンアームプルアップ(ネガティブ) 左右9回4セット 左右8回1セット 散歩2km 縄跳び3790回 瞑想9分5セット この日のトレーニングはワンアームプッシュアップの右手は良かったのですが、左手は脇の閉め方が悪いのか、力の入りにくいフォームになってしまい、最後のセットで一旦休んでしまいました。最近プッシュ系は左右差が出てきてしまっているので、次回以降ワンアームプッシュアップの回数は暫く増やさずに、左手側でも一番力の入るフォームが分かるまで調整を続けたいと思います。

 

火曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回2セット step4アンイーブンハング左右47秒2セット 左右40秒3セット 散歩2km 縄跳び3800回 瞑想9分10秒5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。またこの日からローテーターカフの外旋と内旋の筋肉をそれぞれ鍛えるエクスターナルローテーションとインターナルローテーションを毎日5セットずつ始めましたが、肩のメンテナンス用にやっているトレーニングなどを全て書くと煩雑になるので、いちいち記載しない事にしました。

 

水曜日: step10ワンレッグスクワット左右45回2セット 左右10回1セット Vレイズ14回4セット 13回1セット 散歩2km 縄跳び3810回 瞑想9分20秒5セット この日のトレーニングは片足スクワットは順調でしたが、Vレイズがギリギリノルマ達成できない感じでした。Vレイズに関しては次回も同じ回数でいきます。片足スクワットは重心のバランスが上手く取れた結果、フォームが綺麗になると負荷が下がるようです。僕の場合は「イス軸法」というテクニックを片足スクワットの直前にやるとバランスが良くなって片足スクワットが楽になります。詳しくはYouTubeで「イス軸法」で検索してみてください。

 

木曜日: 散歩2km 瞑想9分30秒5セット

 

金曜日: step9クロージングブリッヂ2回5セット(ウォーミングアップ) step10スタンドトゥスタンドブリッヂ 9回5セット 左肩のリハビリ:ディップス 23回5セット 散歩2km 縄跳び3820回 瞑想9分40秒5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。

 

土曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回2セット step4アンイーブンハング左右47秒2セット 左右41秒1セット 適当に流す2セット 縄跳び3830回 瞑想9分50秒5セット この日のトレーニングはグリップワークがノルマ達成出来ず。握力は調子が良い日と悪い日がハッキリしているので、ノルマの設定が難しいです。ちなみにこの日は雨だったので散歩は休みました。

 

日曜日(今日): 散歩2km 縄跳び3840回

 

今日は僕の好きなスピリチュアルな話題に絡めて、我々の住んでいる世界とその外側の世界との関係を、僕の今までのリサーチから浮かび上がってきた構図を用いて説明していきたいと思います。スピリチュアルな情報を普段からリサーチしない人にとってはぶっ飛んだ話の様に聞こえますが、今回は少し普段より過激というか急進的な話をして、これ以降の話がどういった方向に進んでいくのか、慣らしも兼ねて話していこうと思います。

 

まずは色んな話の前提となってくる波長について説明します。我々の興味を持つ話題や趣味には波長があります。例えば既婚者や彼女持ちが健康診断の数値が悪くなって、痩せるモチベーションが欲しい時などに、僕は結構禁欲や運動習慣など数々のライフハックを成功させているのでアドバイスを求められるのですが、まずデトックスをするとブレインフォグが晴れて、思考が明瞭になり、スケジュールをマメに管理できるようになるなど後のプロセスに於けるメリットが大きいので、まずデトックスを行い、ある程度自己管理出来るようになったら、オナ禁といった比較的楽なライフハックを成功させることで、更にメンタルと自己肯定感を鍛えてから、より高度なライフハックである筋トレの習慣化、そしてもう少し高度なライフハックである有酸素の習慣化など、痩せる為には遠回りになりますが、やるべき事をゴールから逆算して順番を追って基礎を固めていくと痩せることが出来て尚且つリバウンドしにくい体が自然と出来てきます。

 

しかし僕のプランでは最初に来る「デトックス」や「オナ禁」という、そもそも最初から既にある程度波長が高い人しか刺さらない話題から入る為に、波長の低い人々には「ちょっと宗教臭い」と忌避されて、次の段階に進めません。そこで周波数の低い人でも興味の持てるアドバイスをする為に、どんな話題が刺さるのか試行錯誤すると、どうやら痩せる事でスト値を上げて「不倫」とか「不特定多数とのSEX」などといった波長の低い話題を餌にすると滅茶苦茶食いつく事を発見するのですが、実際に既婚者や彼女持ちがそういう事に手を出すと、短期的にはモチベーション的な意味で高い効果が期待されるのですが、その結果として性病をもらったり、不倫がバレた時の本命との出口戦略が危うくなるので、ちょっと先が読める人なら手を出しちゃいけない事が分かるので、その人の将来を考えて遠回しに波長が高い方に誘導しようとするのですが、そもそも僕とその人のスタート地点の波長が違いすぎたのか、どうしてもその人の持つ低い波長から少しずつ波長を上げていくルートというか、キッカケが見出せないケースにしばしば直面するのです。

 

そしてここからはスピリチュアルな仮定を基に話を広げていくのですが、例えば輪廻転生や善良な宇宙人が存在する事、また我々は「一時的にスピリチュアルな経験をしている人間」では無く、そもそも「一時的に人間の経験をしている本来スピリチュアルな存在」である事や、スピリチュアル界隈で言われるような「地球はそこに輪廻転生する魂にとっては宇宙で最も難しい学校の一つである」とされている事などが事実であると仮定とすると、幾つか話の筋が通ってくる部分があるのです。

 

まず輪廻転生についてですが、今世で人間に転生する魂には3種類いる事が想定されます。1種類目はまず鉱石の経験をして、植物に輪廻転生し、動物を経て、今世でやっと人間に転生したシンプルなマインドを持った人間達で、2種類目は人間から人間に転生した、1種類目より少しだけ経験を積んだ分だけ複雑なマインドを持つ人々、そして3種類目がそれらの比較的シンプルなマインドを持った魂が破滅の道へと進まないように、より高次の次元から啓蒙する為に降りてきた、生まれた時に課された忘却のベールで包まれてはいるのですが、より経験豊富な進化したマインドを持つ人々です。詳細は下のリンクを参照してください↓

 

finalwakeupcall-info.translate.goog

 

 

何が地球学校を宇宙でも随一の難易度にしているかというと、聖書でも描かれている本来は人々を導く高位の存在である天使(スピリチュアル界隈で言うところのアヌンナキの一部やプレアディアン、アークトゥリアンやライランといった、いわゆる善良な宇宙人の種族)に対して、堕天して地上に落ちてきたとされる、いわゆる堕天使達(スピリチュアル界隈ではアヌンナキの一部やドラコ、レプティリアン、グレイなどの悪意のある種族として知られるグループ)が、上で説明した今世でやっと人間に転生したシンプルなマインドの持ち主や、人間から再び人間に転生した少し複雑なマインドを持つ人達に対する、本来の地球の発展段階ではあり得ないレベルの欺瞞の数々を網羅した知識体系が堕天使達によって持ち込まれることで、人間以下の3D密度以下の体験しかしたことのない比較的シンプルなマインドを持つ人々に対する「非常に複雑な欺瞞を用いた初見殺し」を行って搾取し続けているのを阻止しようと、高位の善良な天使達が救おうとしているという構図になっています。

 

堕天使とされる宇宙人に関してですが、宇宙人の殆どが高度に進化した善良な魂達とされているようですが、中には邪悪な魂が支配する惑星もあるようで、そういう魂は自分達よりも高度に進化した善良な魂達に対抗する為に、善良な魂が避けるような欺瞞やタブーなどを積極的に研究して、そうやって開発された知識体系がいわゆるメソポタミア文明の神話に出てくるアヌンナキ達によって、シュメール人達にもたらされ、それがメソポタミア文明バビロニアという都市において更に洗練された「バビロニアの黒魔術」を介して、ハザールマフィアの修める古典の知識体系、いわゆるバビロニアン・タルムードに組み込まれて今日まで至ったのだと僕は解釈しております。

 

高位の天使達は非常に高い波動を持っているので、堕天使の猟犬であるハザールマフィアたちによって社会的に成功する為には道徳的に妥協しなくてはならない、つまり波長が低く無くては成功出来ないと信じさせられている地球人にとっては、前述したように波長の高すぎるアドバイスは波長の低い人には刺さらない、要するに「馬の耳に念仏状態」である為に「それなら自分も周波数の低い人間達の間に転生して、波長が低くなくては社会的に成功出来ない構造をした地球の社会に揉まれながら、自分の波長を上げつつ、どうやったら今世でやっと人間になったシンプルなマインドを持つ魂や、人間から人間に転生した少し複雑なマインドを持つ魂達を、悪意を持った魂達の高度な欺瞞による初見殺しの犠牲者という立場から救い出し、尚且つ生まれる時に忘却のベールという縛りを課されつつ、自分も成長段階で道徳的な妥協をせずに周りの波長を啓蒙を通して、高い波長を持っていなければ興味を持つことさえ出来ないアドバイスを与えられる状態まで高めることが出来るかという授業内容」となっており、それが本当に難しいタスクである事が「地球はそこに転生してくる魂達にとって宇宙でも最も難しい学校の一つ」として知られている所以だという事だと僕は理解しております。

 

Qアノンムーブメントとホワイトハットアライアンスの軍事オペレーションについての考察。

 

Qアノンムーブメントをある程度追っていた人なら分かるのですが、Qというのは米軍の心理作戦で、4chanといったネットの匿名掲示板に情報をパズルのような形で、論理的思考が出来る人であれば特定の答えに導かれるように、パン屑を落とすように少しずつ軍内部のインテル情報を開示していったのを、4chanの住人であるanon達がデコードして、全然パターンが解読できない人たちでも分かるように解説していたのが、当初のいわゆるQアノンムーブメントでした。つまりQとアノンは別のグループの事を指しています。しかしメディアはQとアノンが同じグループであるような解説をして、後発のアノングループの中にはとんでもない解釈や、有力なデコーダーを争わせるように分断工作をするような工作員が沢山発生して、カルトムーブメントの様な扱われ方をするようになってしまいました。

 

このQアノンムーブメントの中で、定期的に「いつ迄に〇〇が起きる」と解釈できる様な情報の開示が何度も行われ、その度に何もなかったので、ムーブメントを追う側にも「このQという情報提供者は軍の上層とのインテル情報的な繋がりはない、つまり偽物である」と判断して早々にムーブメントから去っていった者達と、情報が間違える度にあるデコーダーから別のデコーダーへと情報源を遡る様に、より情報源に近そうな人物やウェブサイトにアクセス、要するに深掘りする人々に別れました。

 

後者の深掘りするタイプの人々は、Qムーブメント自体がいわゆる軍事的心理オペレーションであり、囮作戦である事に気づく事になりました。というのも、Qが発信している情報というのは不特定多数の見る匿名掲示板に投下されていたので、いわゆる敵側も見ることが出来、すると「〇〇日までに××が起きる」という預言がなされると、敵であるディフェンスする側はその日に特定の場所にリソースを動かさなければならず、一方でオフェンス側はいつ何が起こるか匂わすだけで、相手のリソースを少しずつ消耗させることが出来、しかも実際に何かが起こりそうな時には「オオカミ少年」ではないですが、その情報もどうせ嘘だろうということで、守りが手薄になるという効果があり、軍の諜報部などの命令系統は普段からこのような攻防をしている、というのが一部のフォロワー達に理解される様になりました。

 

あと「計画を信用しろ」というスローガンも度々出てくる様になりました。というのも、軍というのは一枚岩では無く、軍内でもかなり命令系統が上位の将校などが他国のダブルエージェントやトリプルエージェントなどをやっているかも知れない「スパイ同士の浸透戦」の様相を呈しており、命令系統が下の方の新参者は、明らかに怪しい者を放置するといった決断や、それをする事で明らかに自分の陣営が不利になるであろう理不尽な選択をしなければならない事が頻繁に発生し、それらの決断の多くはダブルエージェントやトリプルエージェントの炙り出しや、それらの明らかなスパイ達を放置する事で、彼らを組織内でより大胆に行動させて、軍内部にいるであろうそのスパイ達の上司といった上の層に浸透した敵の命令系統を一網打尽にする為に泳がせるのだけど、その情報を命令系統の下の方に流すと、当然のようにそのランクよりも上のほうに浸透しているダブル・トリプルエージェントにもその作戦がバレるので、命令系統の末端である、その多くが一般人からなるアノン達は、理不尽な扱いをされても「信じ続けて情報収集を続け、こういった軍の諜報部の攻防的な理由の為に、欺瞞的で意図的に間違えた情報を流さなければならない構図になっていると気づいた者から、よりリサーチを進めてゆく上で更に上の情報源へ進める」という構図を、後になって振り返って初めて発見するという構造になっていました。なので、早めに「これは偽物だ」と見切りをつけた人々は、こういった軍事的心理オペレーションの本質を理解出来ないという状況が発生し、そういった理解の浅い人々を捕まえて、主流メディアは「Qムーブメントはカルト」というレッテルを貼る様になったようです。

 

そして面白い事にインテル(軍事情報)を追っていると、それらのソースからスピリチュアルな情報も同時に流れてきて、最初は「波長とか振動数」といった宗教じみたワードが出てくるので、工作員が新参のQアノンムーブメント参加者に頭のおかしいカルト集団という印象付けする為の工作をしているのではないか?と最初は疑うのですが、数千時間もインテルを追っていると、その過程で周囲の友人や家族にインテルを説明しようと試行錯誤しても一番伝えたい部分はスルーされ、インテルでも「波長が違うとラジオが音を拾わなくなる様に、人も波長によって特定の話題に全く反応しなくなる」といった情報が流れてきて、最初は頭のおかしいグループだと思っていたスピリチュアルな人々の言う事が、自分の波長が上がってくる事でやっと理解出来る様になってきて、一部のスピリチュアル情報は、殆どの人々が義務教育を通して覚えた「論理による理解」ではなく「まず波長によって興味を持ち、それから理解しようとする」という、理解する為の基準というか軸がズレている点や、それらの人にとって普段聞く話とはベクトルがズレ過ぎているが故に急進的過ぎたり、波長が高過ぎる様に聞こえる為に、その人々がやるべき宿題をこなして、丁度良いタイミングを迎えるまでは、僕が第一印象でスピリチュアル界隈の人々のことを「頭がおかしい」と僕が感じたのと同様の形で、なかなか理解されないのだなと思う様になりました。

 

オナ禁454日目にも書きましたが裏で何が起こっているのか、一般人が知る由もないのは裏で争っているホワイトハット(善い人、もしくはその様に見える人)やグレイハット(どちらとも取れる人)、ブラックハット(悪い人、もしくはその様に見える人)といったダブル・トリプルエージェント達の攻防が我々一般人の知性を超越している為です。

 

主流メディアが報道しない真実を我々一般人が知るタイミング、つまり顕在化してくるタイミングというのは、一般に言うところのブラックスワンイベントの後であり、それは僕の言うところの「神性示現」の後という状況となっているように思われます。

 

以下「オナ禁454日目」より抜粋

 

色々と欧米のエソテリック(大多数の外部の人間向けの建前的な教育と矛盾した、少数の身内向けに作られた本音の教育)的な学問や、中国の一般に公開されている歴代王朝の歴史書など見識を深めていくと分かるのですが、我々が学校やメディアを通して教育される知識というのは下が上で、悪が善で、黒が白で、と全てがアベコベの欺瞞に満ちた世界観になっているんですよね。その間違いを正して、世の中の構図を正しく啓蒙しようと事実を事実のままに述べると「皆の世界観と真逆の世界観を事実として述べているキチガイ」として捉えられてしまい「あいつの言っていることは全てアベコベだ」と発信するすべての情報が間違っているというラベルを貼られてしまうので、そういった情報開示に関して四苦八苦する努力の過程で、情報というのは少しずつ流して情報の受け手の知識と観察の間に存在するわずかな矛盾(意図的に嘘をつく側の人々は例えばフェイクニュースのように、意図的に嘘に説得力を持たせるように周到に嘘をデザインしており、尚且つ最初は小さな嘘から吐くので気付きにくいのですが、嘘を誤魔化す為にまた嘘を吐き、その嘘を誤魔化す為に更なる嘘を吐くので、いつかの時点で知識と観察の間に存在する矛盾が大きくなりすぎて、急に「聞いている情報と目の前に現れる状況の乖離が大き過ぎる。今まで聞かされてきたことと事実は全て真逆だったのでは?」と全てが反転したアベコベの世界観の存在に気づいた時点で認知的不協和に陥るのが辛くて、そこで思考停止してしまう人が多い)について熟考してもらい「世界は我々が認識しているのとは実は違う構造をしているのかも知れない」と本人達に能動的に少しずつ矛盾に気付いてもらうしかない事に気付いてくるんですよね。

 

そういった情報を開示する側として工夫するようになると本当に映画のマトリックスの世界観というのが、フィクションや比喩ではなく実はドキュメンタリーだった事に気づき始めます。マトリックスの外側から欺瞞に満ちたマトリックスの内側にまだ捕らえられている人々をどうにか救い出そうと試行錯誤している自分という構図に気付いた時点で「ああ、マトリックスってこういう事なんだな」というメタ認知が発生するんですよね。そしてマトリックスの主要な登場人物の1人のモーフィアスの有名な台詞である"I'll show you how deep the rabbit hole goes"、直訳すると「ウサギの穴がどれだけ深いか見せてやる」(ここで言うウサギの穴とは不思議の国のアリスでアリスが迷い込んだウサギの穴のことですね)となり、世に言われる「陰謀論者」が認知的不協和からくる情緒不安定に陥りながらも思考停止せずに「もしこの情報が事実だとしたら?」という仮定に仮定を重ねて情報収集を続け、点と点を結ぶ作業をする事で見えてくる、我々の陥っている幻想がどれだけ根深いのか知ることになるという例えとなっています。

 

僕が情報を得ているコミュニティーの人々は、少しずつ受け入れ難い情報を過去3~5年ほどかけて徐々に消化する事でソフトランディングしてきたのですが、そろそろ一般の臭いものに蓋をし続けて宿題をしてこなかった人々向けの、金融危機や偽核戦争といった何らかの形での恐怖イベント(演出)を通しての気付きのハードランディングが発生してくるのではないかという情報が出回っています。

 

だからといって僕は情報源と情報にアクセスのない人々の間に立って権威を振りかざしたり受益者になろうとする新興宗教のグルみたいなのを目指しているわけではなく、ただチラシの裏に書く感じで、ブログに筋トレと制作の成果を書くのと並行して情報収集した成果を「どうしたらこの認知的不協和という問題を回避しつつ情報を伝えることが出来るか」を試行錯誤しながら書こうと思うので、それを読む側の心構えとしては情報を読んだ時にすぐに間違えているとか正しいといった判断を下すのではなく「そういう考えもあるよね」と、とりあえず保留にする感じで、何らかのイベント(僕はこれを神性示現、またはマニフェステーションと呼んでいます)が起きて、ひとまず保留にしていた情報に関して確信を持つに至るまで、量子力学でいう所の「シュレディンガーの猫」的な「猫が死んでいる状態と生きている状態が重なり合っており、実際に蓋を開けるまで生死が確定しない」ような感じで「情報が正しい状態と間違えている状態が重なり合っており、蓋を開ける(神性示現)まで成否が確定しない」イメージで聞き流してくれたらいいなと思います。ということで、すぐに結論を出してさっさと全ての卵を一つのカゴに入れてしまうのではなく、いずれのシナリオになっても対応できる状態にしておく為の情報の「保留力」が大事になってくるように思います。

 

まずはキーとなってくる「神性示現」というアイデアについて。

 

じ‐げん【示現】

の解説
 
[名](スル)

1 神仏が霊験を示し現すこと。また、その霊験。神仏のお告げ。「奇跡が―する」

2 仏・菩薩 (ぼさつ) が衆生を救うために種々の姿に身を変えてこの世に出現すること。

 

これは僕が以前のブログ投稿で書いたように、メディアなどで目にする人々の中に「ある程度以上の知性を持った人々の不在」に疑問を持った僕が仮定に仮定を重ねることで導き出した「超越的知性を持った者が、その超越的知性を用いて、超越的知性を持たない一般人から積極的に隠れようとした時に、その隠れた超越的知性を一般人が見つけ出すことは、その隠れようとしている者達が、それを探し出そうとしている我々のような一般人を超越した知性を持っているという定義上不可能で、また例えばアイルランドに亀は存在するといった『何かが存在する』事の証明は、アイルランドで実際に亀を1匹でも探してくれば存在の証明になる一方で、アイルランドに亀は存在しないといった『何かが存在しない』事の証明は、実際にアイルランド中を同時に満遍なく捜索して亀が文字通り1匹も存在しないということを証明しなければならないという、実質的に証明することが不可能な点から悪魔の証明とも呼ばれており、つまり『積極的に隠れようとしている超越的知性』が『存在しない』というのを証明するのは二重に不可能である」ことに気づき、逆説的に恐らくは存在している可能性の方が高いであろうと仮定される超越的知性の中でも下層(こういう存在は例えば慈善事業家のような一般的に善とされる存在に擬態している)は倫理を守らないが故に手段を選ばない形で一般人を搾取しようとする、悪意を持った存在の為に我々一般人から正体がバレないように積極的に隠れており、その上の「超」超越的知性を持つ善意の存在は「倫理を守るが故に『手段を選ばなければならない』という、手段を選ばない悪意を持った超越的知性に対して圧倒的に不利な縛りで」気付かないうちに人質にされている一般人を、悪意を持つ超越的知性から救い出す為に、悪意を持つ超越的知性から積極的に隠れているという事実から(こういう善意の存在は悪意を持った存在に一発かます前に、まずは彼らの信頼を勝ち取って悪意を持った存在の中でも上の方のランクに紛れ込む為に、しばしば偽悪的に振る舞わなければならない)、その悪意を持つ下層の超越的知性でさえも探し出せない善意を持つ上層の「超」超越的知性を我々一般人が探し出すのは更に不可能という訳で、それはつまり我々が善意の「超」超越的知性を探し出すことが出来るのは「必要性に基づいて、彼らが意図的に擬態を解いた真の姿を我々に見せつけている時」のみ、つまり「神性示現」の瞬間のみであって、それは悪意を持った超越的知性が気づかない形で行われる為に、見間違えかと思うくらいの最小の行為で、それに気付いた感受性の高い一部の人々が「すごいものを見た」と周りにいくら説明しても「そんなことはあり得ない」とキチガイ扱いされるだけという構図になっており、その「神性示現」を見出した一部の人々が、不思議の国のアリスのウサギの穴がどれだけ深く続いているのか確かめる為のスピリチュアルな旅を始めるという構図になっているように思われます。この隠れた超越的知性の世界と一般人の世界がお互いに矛盾しない形で存在しているかも知れない可能性を感じさせる作品として、フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」がおススメです。「もしも〇〇だったら?」という過程を積み重ねて行くと、論理的破綻抜きで普通の人間では全く接点のない生活圏のような空間が、何気ない日常の中に紛れ込んで展開されていても、我々一般人はそれに気が付かない可能性が高い事を気付かせてくれるような作品です。

 

 

 

逆を言うと悪徳エリートが支配している主流メディアはニュースなどではこのような人々に気付きを与えてしまう細やかな神性示現を扱わないように極力気を付けているので、人々は日々の生活の中の観察の結果と、学校や主流メディアに与えられた知識との間の小さな矛盾にフォーカスする為に、日々の生活の出来事をよく観察して過ごし、また主流メディアと資本関係のない独立メディアを調べて自分で開拓していくのが良いと思いますが、これはコロナ発生直後に特に顕著になった、主に英語圏で行われていた真実運動において早いうちに情報源を開拓していた人々は経験があるのでよく分かっているのですが、今から新しく真実運動に加わろうとしてコミュニティーを探そうとすると、主流メディアや情報操作している側の金融資本などが、コミュニティーのリーダー同士に「あいつが君の悪口を言ってたよ」などと吹き込んで喧嘩をさせる分断工作や、情報源と情報にアクセスのない人々の間に立って権威をふりかざして受益者になろうとする工作員のような人が散見されたり、コミュニティー全体を間違えた方向に向かうように妨害工作をしているケースが多く、内輪揉めが醜くて真実運動自体が詐欺と判断してフェイドアウトしまう惜しい人々が多いようです。

 

以上抜粋終わり

 

僕の説明したいスピリチュアルな文脈をうまく取り上げて纏めた秀逸な英語記事を日本語訳したブログ記事を発見したので、そちらも紹介しておきます。

 

 

そして再び善良な宇宙人とスピリチュアルな話に戻るのですが、かなり前にブログで触れた絶版となっている児童書の全文を載せたサイトを再び読んでみたところ、今の知識を照らし合わせても尚深い意味を感じるというか、やはり心に響く部分があったので、見逃した人や再び読みたい人向けにリンク先を再びシェアしたいと思います。

 

「アミ 小さな宇宙人 エンリケバリオス著」 1~3巻 全文↓

 

uchulog.com

 

 

他のスピリチュアルお勧めリンク↓

 

https://alaephoenicis.tumblr.com/post/706257779285983232/%E6%AD%BB%E5%BE%8C%E3%81%AB%E4%BD%95%E3%81%8C%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B

www.tumblr.com

 

こんな感じの長いスピリチュアルな文章をインテル情報と並行して普段から読んでいます。そしてある程度自分の中で要点をまとめたのが、ブログの序盤に書いた輪廻転生や地球学校の話となっております。取り敢えず今夜も「波長の近い、最近気づき始めた友人」とオンライン会議なので、来週のブログネタもそちらで話した内容に応じて推敲していくつもりです。

オナ禁545日目

いつも飲んでる無添加のノンアルビール

今日は銭湯帰りのスタバではなく、自宅からブログ投稿しております。最近は平日のうちにブログを書き終わっているので、スタバで書くことがほぼ無くて滞在時間の殆どが手持ち無沙汰になってしまうのと、3時すぎから6時まで居座れるようにベンティーサイズのパッションティーを頼むと520円となり、上のノンアルビールを4〜5本買えてしまうので、それならこれから定期的に話すであろう先週のブログで紹介した例の波長が僕と近く、最近コロナ茶番に気づき始めた友人とオンライン飲み会をやる方が生産的だなと思い、ルーティンに変更を加えました。今晩は早速その友人とオンライン飲み会です。そして今回のオンライン飲み会を基に来週のブログネタを考えていこうと思っております。

 

今週の制作は去年の年末に1週間だけ途中まで描いた雪山の夜景の続きを描いていました。今年の山水画のテーマは雪山の夜景を上手く描けるようにしてから、春や夏の山水画に少し油絵の色使いを取り入れて改善するのが目標です。花鳥図に関しては去年末に水墨の大写意で葡萄と柿をそれぞれ描いたのですが、絵になるのは中国の先生が結構研究に研究を重ねた葡萄だけで、柿はなんとか見れるけど、完成度は低いのであとはもう少し自分で試行錯誤してゆく必要があると思います。水墨画でも分かる果物で僕が描けるのは柿、スターアップル、柘榴あたりになりそうです。桃は挑戦したのですが、丸い果物は墨のみだと基本的にミカンにもリンゴにも桃にも見えてしまうので難易度が高く、表現力が十分に高くない内は丸い果物は今のところは避けたいと思います。プリズナートレーニングも今年一発目を金曜に始めました。ちなみに下のリンクは前回のブログで触れた「裏政府カバールの崩壊パート1~10」の続きの翻訳のリンクとなっております。これらの動画をまずは最近コロナ茶番に気づき始めた友人に、最低限の基礎知識としてこれから話す話題について来れるようにパワーレベリングとして試聴してもらいました。今日話す友人には、取り敢えず彼の反応を見つつワクチンデトックスとその他諸々について話そうと思っています。

 

www.moonlight-lullaby.info

 

以下は今週のプリズナートレーニングに有酸素運動、瞑想の結果となっております。

 

月曜日: 散歩2km 縄跳び3730回 瞑想8分5セット

 

火曜日: 散歩2km 縄跳び3740回 瞑想8分10秒5セット

 

水曜日: 散歩2km 縄跳び3750回 瞑想8分20秒5セット

 

木曜日: 瞑想8分30秒5セット

 

金曜日: step9クロージングブリッヂ2回5セット(ウォーミングアップ) step10スタンドトゥスタンドブリッヂ 9回3セット 8回2セット 左肩のリハビリ:ディップス 22回5セット 散歩2km 縄跳び3760回 瞑想8分40秒5セット この日は今年の筋トレ始めとなりました。この日のノルマは問題なく達成出来ました。

 

土曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回5セット step4アンイーブンハング左右47秒5セット 散歩2km 縄跳び3770回 瞑想8分50秒5セット この日のグリップワークは最初の2セットはノルマの47秒こなせたのですが、3セット目以降はキツくなってきたので、それぞれ40秒くらいで流しました。

 

日曜日(今日): 散歩2km 縄跳び3780回

 

瞑想は回数を数えるのが面倒なので1日5セットとしておりますが、多分毎日7~8セットはやっており、1日の合計で50~60分は行なっている計算になリます。そして瞑想の前後に左肩のリハビリで特に良いと感じている肩甲骨腕立てを40回ずつやっています。最近は性格もかなりマメになってきており、分刻みで身体と精神のコンディショニングを行えているように思います。あとは鉄棒からぶら下がった状態で肩甲骨だけで体を上げ下げしたり、ディップスの姿勢で肩甲骨だけで体を上げ下げしたり、それらを今のところは1日で20回5セットずつほど行うなど、左肩のリハビリでとにかく肩甲骨周りの健康を気にし始めました。よくスポーツ選手が怪我のリハビリを通して、今までやらなかったトレーニングをやることで以前より逆にパフォーマンスが良くなったという話を聞きますが、こういう事なのかな、と思っております。

 

中国式の優生学と西欧式の優生学の違い。

 

西洋のエリートは基本的に血縁主義で、バチカンヒエラルキーの中でも我々の知っているローマ法王というのは実は白い法皇(white pope)とされていて、裏側の権力構造ではその上に黒い法皇(black pope)がおり、両者はどちらも一応一般人と言われていますが、その上に来る本当の権力者である灰色の法皇(grey pope)は13家族からなるpapal bloodlinesと呼ばれる血縁エリートの家族から選ばれます。フリーメイソンなどもスコティッシュライトと呼ばれる派閥は33階級あるのですが、血縁によって最終的に到達出来る階級というのが生まれた時からほぼ決まっているようです。

 

そもそもエリート家庭と一般家庭の結婚観は全然違っていてエリート一族は家の資産=権力を婚姻といった機会で倍増させる為に自分の家と同等の資産を持つ家と婚姻関係を持ちたがります。また財産を分散させる事で家族の力が弱まらないように、一族の次期当主を選んで資産を出来るだけ1人に集中して継ぐようにしています。金持ちの家は格が上がるほどその数が少なくなるので、本当のトップ層はほぼ近親婚で、一代で財を成した人や政治や芸能などで卓越した業績を残した外部の人の血を少しずつ取り入れているようですが、それでも家の格や保有資産額を基準に結婚相手を決めようとすると、どうしても親戚同士の結婚になってしまうようで、現代のハザールマフィアの末裔であるアシュケナージユダヤ人は前回のブログでも書いた通り、近親婚による血友病といった遺伝子病など、しかも命に関わる上に結構高い発症率のものを複数抱えており、5代以内に他民族と婚姻しなければ滅びゆく運命などと言われたりしてます。そんな遺伝子弱者をフリーメイソンといった秘密結社総出でブラックメールや金融詐欺で得られた資金を基に政治家を操り、演出を通して成功者に仕立て上げるのが西洋の血縁エリートの実態となっております。要するに水の流れを堰き止めて川の上流で独占しようとすると、逆に水が澱んで腐ってくるんですね。

 

無理を通せば道理が引っ込む。

 

そもそもこれは天皇万世一系ではないですが、ある特定の一族が永遠に覇権を維持しようという無理を権力を背景に通そうとした結果、道理が通用しなくなっているのですが、世の中よく出来ているもので、やはり道理に反したことは永遠に続けることは出来ずに、いつかは破綻するという歴史の教訓を我々は生きながらにして経験しているのだと思います。中国の優生学についてですが、これが結構よく出来ていて、天下を獲った成り行きとして王朝を建てて、栄華を極めた後に、そこがピークだとすれば次は何をエンドゲームにするか?という話になってきますよね?答えは出口戦略を成功させて、無事に生き残って一般人と結婚して在野に下って、一般人として再び天下を目指して仕切り直しする事です。

 

僕も男女の恋愛を長いこと観察して分かった事があるのですが、殆どの男の人は自分より少し格下の女性と付き合っているという傾向があるようです。日本人と外国人との結婚とかを見ても、女性はヨーロッパ人やアメリカ白人男性といった、社会的に格上とされる相手との上昇婚が可能ですが、男の場合はタイ人やフィリピン人といった自分より格下の相手との結婚が多いようです。

 

何が言いたいかというと、女性は若い時にSEXを餌にすれば、その関係が維持可能かはさておき、自分より格上の男性と付き合う事が出来るんですよね。その結果起こってくる現象というのが、例えば女性と男性が10人ずついたとして、一番格の高い男性に女性の1位~3位くらいが群がって、2位の男性と4位の女性がくっ付き、2位~8位の男性と5位~10位の女性がそれぞれくっ付き、男性の9位と10位は余るので結婚出来ず、だからと言って女性の2位と3位が余るからその辺がくっつくかというと、その辺の女性はそもそも1位狙いなので、妥協して9位、10位の男性とくっ付くことはなく、結果として2位と3位の女性と9位と10位の男性が結婚出来ない感じなんですよね。

 

これが昔の中国であれば1位の男性は1位~3位の女性達全員と結婚して王になって、子供を沢山産ませて、人生のピークを迎えても儒教や中国史の教訓を修めたりすることで悪い事をしなかった結果、権力闘争で殺されずに出口戦略を成功させて、その子孫達は民間に降り、一般人達と結婚して社会の上澄みのDNAが、革命が定期的に起きる前提の社会では社会的地位が高いほど革命時にトラブルに巻き込まれる可能性が上がるので、一概に社会的地位が高い方が良いという単純な構図でも無いので、比較的分散した社会階層の人々との間に割と満遍なく行き渡ることで、色んな層の人々が男女問わず、そのような英雄の子孫の結婚相手の候補になれるという、どうしても余ってしまう最下層のモテない男性以外は全員得をする社会になるんですよね。そして当時の中国人男性は余る可能性もあるけど、実力次第では一夫多妻の可能性も残されている事から、余計に男の場合は皆が天下を取ってやろうという基本方針が浸透していたと言えます。

 

革命を成功させて王朝を建てるほどの才覚を持った戦争の英雄などが儒教や中国の歴史などの教訓を学ばなかったが故に出口戦略に失敗して、その遺伝子を後世に残せなくなるのは漢民族という群れ全体の大きな損失と言えます。そしてそれは戦争の英雄だけではなく、そのような戦争の英雄を落とせるような器量の複数人の上澄みの女性の遺伝子の損失を考えても、そういった人々の子孫に出口戦略を失敗させるのは、どう捉えても群れ全体にとっては当然のように大きな損失になってきます。

 

中国には出口戦略を成功させた様々な王家の子孫が結構民間と混血していますが、僕も含めて中華系の多くの人々が、普通に日本の教育を受けて、中国の古典を教えられたことも無いのにも関わらず、ある程度の年になると自然発生的に「1位を目指すと、同様に1位を目指す他の人々との競争が発生するので、良くて3位止まりになるという現象が発生し、世の中を観察すると3位くらいの人はそこそこの生活をしているからという理由で、最初から現実的に3位を狙おうとすると、最初から3位を狙う比較的賢明な人々との激しい競争が発生することで、最終的に10位とかになってしまうから、逆説的に最初から1位を狙わないと話にならなくなってくる」という結論に達して当然のように何らかの学問で1位を目指し、やはり上には上がいるのでいずれは敗北を経験し、その敗北から例えば歴史から下剋上の仕方を学ぶ為といった理由で儒教や中国史を修めると、勝つ人のメンタリティーとして、そもそも一番になるような人は勝つ前から勝った後の出口戦略を考えて、勝ち方にも拘っていることなどを発見するなど、一人前になるには漢民族特有の思考パターンに合った学問をかなり長い時間をかけて修めなければならない事が多いことに気づきます。

 

などという事を実際に経験すると、天下を獲った後に出口戦略を成功させて、社会の上澄みの遺伝子を各社会階層に分散させるのは儒教といった学問を理解出来るような、言い換えれば一度は天下を狙ってやろうという気概を持つ人特有の思考パターンを持つ人を増やして、儒教という学問を修める人の数を維持して文化を継承するのと同時に群れ全体を強くする為には不可欠な行為なんだなという事が分かります。これが僕が前回のブログで書いた、ハザールマフィアの少数による多数の支配に対する、儒教の多数(漢民族)による多数(漢民族)の支配という内容の詳細となっています。儒教は徳が高い人を判断するのに周りもある程度徳が高く儒教的な文脈を共有していないと、どういった人が徳の高い君子なのかジャッジする事が出来ませんからね。要するにプレイヤーの攻防のレベルの高さを推し測るためには審判=周りの一般人のレベルの高さがある程度必要となってくるわけです。

 

すると西欧エリートの採用している情報の非対称性に基づいた優位性とかは自然と論外になってくるのですね。西欧の非常に古い血縁エリートの間ではその支配が長く続き過ぎたために、人道に対する犯罪を言い逃れ出来ないレベルで犯している=革命が起きた時の出口戦略に失敗する事が確定している為に、革命だけは何があっても絶対に起こさせないという強い決意があるので、残された唯一の選択肢である勝ち逃げを成功させる事に賭けており、敗北した場合は一族郎党の処刑が確定している以上、そもそも負けた時の出口戦略は度外視した、更に悪質なタブーを積極的に追求する事で競争相手に対する優位性を得ることを前提とした戦略を採用している為に、エリートが汚職をしているか判断する審判=周りの一般人の教養レベルが上がると、何がおかしな事が起こっていることに気付いてしまうという、権力者にとって不都合な状況が多発するようになりますからね。

 

そしてそのような儒教的観点からの優生学の結果からか、オナ禁284日目のブログにも書きましたが、僕の勝手な分析によると意外かと思うかも知れませんが、アジア人は武術的な意味で結構強い奴の体型をしているんですよね。

 

以下抜粋

 

最近日光浴がすごく楽しみでなりません。というのも「成果がすぐに現れるから」です。僕は格闘技観戦が昔から好きで、強そうなやつの体型を考えながら体を鍛えるのが好きです。僕が中学生くらいの頃から意識して鍛えていたのは三角筋後部やローテーターカフでした。僕が見ていた強い格闘家は皆この部分が特に発達していた印象があったからです。もしかしたらウェイトトレーニングでは鍛えにくく、スパーリングなどをしているといつの間にか鍛えられていたりする部分だったりして、誤魔化せない部分だからかもしれません。とにかく鍛え方がよく分からない箇所なので四苦八苦して今日まで研究が続いていますが、プリズナートレーニングをやっていてもやはり理屈は説明出来ないのですが、この辺りの筋肉が最近ようやく綺麗に盛り上がり始めました。

 

ヤンキーは日焼けや胸筋や腹筋が好きですが、日光浴を始めたところ段々と彼らの感覚が分かってきました。そこらへんが強く見せるためにはコスパ的には一番手っ取り早い部分だからです。彼らは常に隙あらば、かましてやろうと弱者を探しますが、そのため逆にどういう奴に手を出してはいけないかという雰囲気に敏感です。そんな彼らにとっては胸筋や腹筋がついていたり、日焼けをしている奴が強く見えるのです。彼らのテクニックは近視眼的で僕にとっては戦略というより戦術に近いのですが、正直にいうと彼らが学生時代に人間関係で刹那的にマウントを取るのが上手く、話の正しさよりも「マウントを取れる雄かどうか」でしか雄の優劣を判断できない女性の取り合いで我々のような人種よりも上手なのは認めなくてはなりません。そして若い時は学問を修めて戦略を磨き、中年にして第二の青春に差し掛かってから、昔のヤンキーの戦術をより洗練させたものを用いて、戦術面でも戦略面でも成熟させていきます。

 

そんな僕ですが、最近アジア人は実は結構強そうな奴の体型をしているのではないか説が自分の中で流れています。というのも、僕も昔は白人や黒人のように手足が長く頭が小さくムキムキの分かりやすい奴が強いと思ってた時期があったからです。僕は中学の頃にPRIDEで総合格闘技を見て育ったので、当時は瞬発力の高いムキムキの選手が1ラウンドKOとかを決めたりしてたので強いという幻想がありました。しかしUFCなどではチャンピオンシップラウンドという概念があり、例えば普通の試合ではKOか一本でなければ3ラウンドの結果に基づいて判定を出すのですが、チャンピオンになれるかどうかが懸かってくる試合では、判定に物言いがつかないように、スタミナの消耗具合で差が出やすい5ラウンドの結果の判定となります。当然、無名時代からプロの競争を見てきた結果、それでも自分がかなりの強者であろうことを前提に、それでも尚一本やKOを取れない膠着するであろう強者の存在を想定した上で、尚且つチャンピオンを目指している選手は当然5ラウンド戦える体を仕上げてきます。こういう選手はチャンピオンを目指しておらず、要するにチャンピオンシップラウンドを闘いきれない、つまりそこそこの選手で終わる3ラウンドに特化した体を仕上げてくる選手にペース配分的に予選で苦戦するように見えるので、下馬表ではあまり強いという評価になりません。一方で2,3ラウンド戦い切るスタミナなどそもそもないので一か八かで1ラウンドでKOを狙ってくるムキムキの選手はビジュアルでもファイトスタイルでも一番目立つので下馬表では最強だったりします(強さの幻想)。

 

何が言いたいかというと、競技が成熟してくると「強い奴の体型」が段々変わってくるのです。競技が成熟してない時の総合格闘技はボクシングやレスリング、サンボや柔術の選手がお互いに見たことのない技、つまりある競技が他流試合を想定して研究していたような初見殺しや必殺技、大技を相手が反応しきれないであろう瞬発力に任せてブッパなしていたので、ムキムキの選手が強い傾向がありましたが、競技が成熟してくると皆がお互いの使う技について精通しているので対策がしっかりしていて、手数で勝負して疲れさせて相手のミスを誘う戦いになってくるので自然と体型は細マッチョなスタミナ型になってきます。さらに競技が進むと総合格闘技でもボクシングでも無敗のまま引退する選手が出てきたりしますが、彼らはフロイド・メイウェザー選手やハビブ・ヌルマゴメドフ選手など、画像検索してみると分かるのですが、白人や黒人にしてはどうも頭のでかい体型なのです。

 

僕は現代の総合格闘技はスポーツとしては盛り上がる競技であるという認識がありますが、それでも戦いとしてはローマ時代のパンクラチオンの選手の方が現代の総合格闘家よりも当然強いという認識があります。というのも現代の総合格闘技はある意味不完全な格闘技だからです。当時のパンクラチオンの戦い方は噛みつきと目潰し以外全て許されるルールだったので、その結果が基本グレコローマンレスリングのような戦いでフィンガーロックをひたすら狙う競技になってしまい、あまりに地味なため観戦競技として人気がなくなり競技自体が自然消滅しました。

 

なぜグレコローマンのような戦いになるかというと、金的を避けるために腰は引き気味となり、現代の総合格闘技のように下半身にタックルすると後頭部に肘を入れられて死亡するし(パンクラチオンでは相手を殺しても反則負けにならない)、蹴りを放つと足を掴まれ軸足の膝頭を前から蹴られて障がい者になるので蹴りも出せず、その結果上半身を掴んで投げるグレコローマンスタイルとなり、そもそも指を折られると痛くてパンチも打てないし掴めなくなり、結果無力化出来るので指の折り合いになっていきました。そして当時の人達もどんな体型のやつが一番危険かというのを考えていたらしく、強い奴らの典型的な体型を彫刻として残していったのがギリシャ、ローマ時代の彫刻で、力強さを表現する時は7等身、美しさを表現する時は8頭身に分けるなど、当時から頭がでかい奴が強いという認識があったようなのです。そして当時のグラディエーターの筋トレ方法が今でいうカリステニクスで、近代のストリートワークアウトのようなパフォーマンス要素の高いものは当時のトレーニングとは乖離が進んでおり、当時の最も古典的な姿を残しているのが監獄内で受け継がれていったプリズナートレーニングという訳で、そういう経緯でプリズナートレーニングをやっています。

 

以上抜粋終わり

 

という訳で、僕の中では「格闘技のエンドゲームを考え始めるとアジア人は意外と強い奴の体型をしている」のですが、一方で「最近の日本の格闘技の方向性を見ると、日本のMMAはもう駄目だな」と思う自分もいます。

 

というのも最近のRIZINのルールは寝ている相手への頭部の踏みつけ・サッカーボールキック、縦肘、膝攻撃ありなど、「世界で一番危険なMMAルール」を謳い出して、それを宣伝している様なのですが、これは過去に繰り返された歴史の教訓を学んでおらず、そういう所が本当に日本的というか、同じ間違いを繰り返そうとしているんですよね。

 

というのも本当に危険なルールを追求し始めると行き着くところが、古代のパンクラチオンのように「噛みつきと目潰し以外何でも有り」になるのですが、これは上に書いたように最後は皆が効果的すぎるタブーギリギリの戦い方を追求するので、エンドゲームがグレコローマンレスリングにフィンガーロックばかり狙うという地味な戦いになっていって、観戦競技として人気がなくなり、自然と競技自体が消滅する方向に向かうんですよね。そして選手が勢いがあって勝ち続けている間は問題にはならないのですが、避けられぬ加齢や怪我などでピークを過ぎると、チャンピオンを交代する時にも「そのルールで負ける時=死ぬ、または障害者になる時」となり、つまり選手の出口戦略が用意されていないので、要するに少し先のことを考えられるある程度以上頭の良い人材は「君子危うきに近寄らず」ではないですが、パンクラチオンをそもそも始めようと思わなくなり、圧倒的人材不足を経験するんですよね。

 

それに踏みつけやサッカーボールキック、グラウンド状態での頭部への縦肘や膝などは効果的すぎる為に、練習でも怪我してしまうので技術練習として十分に反復出来ず、その結果攻防的にもあまり洗練されない=本番一発勝負の素人同士の喧嘩みたいになって大怪我に繋がってくるんですよね。そして僕が考えるところの現代のMMAが古代のパンクラチオンに優る点というのが、まさに「効果的すぎる技を禁止することで、選手が怪我したり死んだりしないように注意しながらチャンピオンが交代する=前のチャンピオンが五体満足に交代出来るように出口戦略が用意されている」という点なんですよね。

 

例えばパンクラチオンの場合は相手を殺しても勝ちなので、下半身へのタックルをすると後頭部に肘を入れられるのですが、現代のMMAはそういうのは勿論タブーになっているので、下半身にタックルをするフリースタイルレスリングの技術を活かしたり出来るんですね。PRIDE時代のMMAは日本でやっていて、日本の場合はボクシングやプロレスで使われるような四角いリングで試合が行われていたので、相手を隅に追いやって逃げ場のないところにパンチのコンビネーションやハイキックなどを食らわせたりするのが有効で、当時は打撃系がやや有利だったんですよね。それがUFCになるとオクタゴンなので追い詰められるような隅がなく、例えば左ハイキックが必殺技の選手は相手選手から見て左手方向に回ることで左ハイキックを封じることが出来、そしてオクタゴンには隅がないので永遠にストライカーの利き手、利き足から逃げる事が出来て、尚且つアメリカはアマチュアレスリング出身の選手が多かったので自国の選手を勝たせるように、グラウンドでマウントを取ったり、相手にダメージを与えられなくても有利なポジションを長い時間保持している方が判定で有利だったり、今度はグラップラー有利になったんですね。そして今度はシンガポールのONEチャンピオンシップでは、アジアはムエタイや散打など打撃系が多いので、僕の記憶ではUFCルールだと軸足に対する蹴りは禁止されていたのが、ムエタイや散打だとスウィープといって相手が蹴りを放った瞬間に軸足を払って転ばせることでテイクダウンが取れるなど、またちょっと打撃系有利な展開になりそうだったり、MMAは効果的過ぎて競技をつまらなくする技術を積極的に禁止にしたり、逆に競技が新たな進歩段階に入って盛り上がりそうな技を解禁することで技術体系がどんどん進歩していって面白いんですよね。

 

これはタブーを積極的に追求するような悪徳ではなく、しっかりコンディショニングをしてたり、やるべきことをやっている奴が有利になるような、いわゆる儒教で言えば美徳とされる方向性で勝負することで選手の出口戦略を可能にして、競技に参加する選手の質も高いレベルで安定するなど、タブーを追求すると一時的には強いけど、最終的にはパンクラチオンのように退屈になって競技自体も消滅する一方で、タブーを積極的に設けて美徳とされる方向性で競うことで選手の出口戦略を可能にする上に、競技的にも盛り上がる展開を作ることで技術体系がどんどん発展するなど、競技の哲学的にも非常に上手く社会とのアナロジーが成立していて教育的とさえ呼べるんですよね。

 

例えば中国のカンフーでも目潰しの技術を極めようとする一派とかが有りましたが、ああいうのは仮に目潰しが成功したとしても、それをやられた相手の兄弟弟子が仕返しに目潰しをやり返すまで付き纏ってくるのが道理である事から、ちょっと先のことを考えられる人はそういうタブーを研究すると、自分の出口戦略が危うくなる事が最初から分かっているので近づかない、要するにそもそも馬鹿しかやろうとしないので一時的には強く見えても最終的に廃れるという当然の構造になっています。道理が理解出来ない人の特徴というのは、どんな技術においても自分は常に加害者側であって、いつか同じ技術の被害者になるという可能性に頭が回らないという点です。こういうのを所謂ダブルスタンダードと呼ぶのですが、それが許されるのがユダヤ人以外の全ての人を家畜以下のゴイムと定義して、そこを議論の出発点にして論理展開したバビロニアン・タルムードを修めているハザールマフィア特有の考え方といえます。

 

正直のところ、ハザールマフィアは目突きどころでは済まないタブーを犯しており、やり返す方も自分の人間としての格を下げてまで、そのような低俗な競争に参加したくないのが本音だと思います。彼らの誤算は労働者の大多数が本質的に善良な人々で、殆どの政治家や一部の金持ちのように積極的に汚職した方が有利な立場の人々以外を、彼らの思い通りのように道徳的に妥協させる事が出来なかった点だと思います。現在は世界中の騙されていた善良な人々が彼らの欺瞞に少しずつ気づき始めて、彼らが生き残る唯一の選択肢である勝ち逃げを許さない雰囲気が醸造されており「仮に我々がいなくなる事で世の中が改善されても、その世界に自分達が存在しないのであれば、そもそも世界が存在する必要もない」という自己中心的な態度の表明である、例えばイスラエルが戦争でやられた時は周囲の国々に核ミサイルを無差別に大量に発射するという、いわゆるサムソンオプションの為に、ハザールマフィアの本拠地であるイスラエルが核ミサイルを大量に準備しているのは偶然の一致ではないと思います。

 

またサムソンオプションと同様のメンタリティーで、ハザールマフィアも内心勝ち逃げも周囲の気づき始めた人々が許さないであろう事に気づいている為に、コロナ茶番からのワクチン薬害で大量の善良な労働者を道連れにしようとしていると思います。西洋の優生学が失敗したのは覇権を維持し続けようとして、水の流れを堰き止めて上流で水を独占し続けようとしたことで水が澱んで腐り始めた事と、遺伝的に子孫が弱ってゆく中でそれでも尚、覇権の恒久的な維持を達成する手段としてタブーを追求し過ぎた事だと思います。ワクチンは恐らく、そもそも血族エリート達が好きでもない相手との近親婚で遺伝子弱者になる一方で、善良な労働者が普通に恋愛をして好きな人と健康な遺伝子を子孫に継承している事実が許せなかったエリート達が、健康ではあるが、善良な性質の為に人を疑うことを知らない人々に、薬と称して毒を盛ることで弱体化して、病気になったら更に西洋医学で金を搾り取るといった動機で始まった慣習であるように思います。ただ、タブーを積極的に追求する者と、道理を考えた結果、タブーを積極的に避ける者が喧嘩をすると、お互いの能力が同程度である仮定であれば、タブーを前提にした戦略を採用した者が勝ってしまうのも事実(例えば目突きを前提とした戦い方を採用している人と、喧嘩後の遺恨となる怪我を負わせる技全てを禁止した人が戦えば、後者の道理を考えている人の方が、タブーを積極的に犯す人よりも圧倒的に強くないと、普通に考えてタブーを積極的に犯す人が勝ってしまいます)なので、「果たして本当に最終的には善良な人々が悪の勝ち逃げを許さず、悪が裁かれるというカルマは真理として存在するのか?」というテーマに基づいた、ゲーム・オブ・スローンズなど比ではないくらいの壮大な叙事詩の中に我々は実際に生きて教訓を学んでいるのだと思います。

 

因みに僕は周りに儒教を修めている人が皆無の環境で独学しているので、中国の現実主義寄りの儒者と交流する機会とかがあったら、こんな悪徳の時代に儒教の美徳といった、どう考えても建前のように聞こえる教えを真剣に研究している事に驚かれたりするかも知れませんね。中国は清王朝の時代に西欧文明との衝突で一度ボロ負けしていますから、それを教訓に「美徳というのは建前で、実際に戦ったら欺瞞やタブーを追求した方が強い」といった風に近視眼的な者から順に闇落ちしていて、そういった派閥が今でも強い求心力を持っていても不思議ではないですからね。

 

オナ禁538日目

近所の川

近所の川2

年明け初日から今日も銭湯帰りのスタバからブログ投稿しております。今週の制作は山水画の冬の夜景の途中までを1週間やり、年末は両親の買い物に付き合ったりしたので休みがちでした。筋トレの方も年末年始は休みがちで、本格的に始まるのは5日くらいからになりそうです。制作の方も4日くらいから始めたいです。

 

以下は今週のプリズナートレーニングと有酸素、瞑想の結果となっております。

 

月曜日: step10ワンアームプッシュアップ 左右11回4セット 左右10回1セット step8ハーフワンアームプルアップ(ネガティブ) 左右9回2セット 左右8回3セット 散歩2km 縄跳び3690回 瞑想7分5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。

 

火曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回2セット step4アンイーブンハング左右47秒2セット 散歩2km 縄跳び3700回 瞑想7分10秒5セット この日は友人と早めの夕食を食べて約3時間の大作であるアバターの2作目を4DXで見にららぽーと沼津に1時間掛けて行くなど、半日ほど出かけていたのでグリップワークは2セットしか出来ませんでした。前日のネガティブの負荷をかけるワンアームプルアップも、1セット9回やるようになると前腕が限界に近づいてパンパンになり、翌日であるこの日に疲労が残るようになりました。ワンアームプルアップの練習は10回5セットに達したら、現在補助に使っているトレーニングチューブより弱いものがあるので、そちらを補助に使って3回5セットから10回5セットまで少しずつ増やし、最後はチューブの補助なしで自重で10回5セット出来るようになってからハーフワンアッププルアップに挑戦する予定です。倒立腕立てが左肩の痛みといったトラブルもあり、step10に行くまでどうやっても数年かかりそうなので、他の種目も気長にやっていきます。

 

水曜日: step10ワンレッグスクワット左右44回2セット 左右12回1セット Vレイズ14回4セット 13回1セット 散歩2km 縄跳び3710回 瞑想7分20秒5セット この日のトレーニングは前の週に1週間休んだからなのか、寒くなってきて体が動かなくなってきたのか、その両方なのか分かりませんが、Vレイズを続けて14回出来なくなっており、12回目くらいで一旦休んで残り2回をやるような感じのセットを繰り返してました。なのでVレイズに関してはしばらく回数を上げずに行っていこうと思います。高回数片足スクワットは相変わらずかなりキツイですが、低セットなのが救いです。ちなみにこの翌日、久しぶりに脚と尻が筋肉痛でバキバキになりました。

 

木曜日: 瞑想7分30秒5セット

 

金曜日: step9クロージングブリッヂ2回5セット(ウォーミングアップ) step10スタンドトゥスタンドブリッヂ 9回2セット 左肩のリハビリ:ディップス 22回2セット 瞑想7分40秒5セット この日もトレーニングしようと思ったのですが、午後は木曜日に仕事終わりだった母の買い物に付き合わされ、夜は高校の同級生との忘年会でトレーニングは朝の2セットしか出来ませんでした。この日は縄跳び散歩もお休みです。2022年のプリズナートレーニングはこの日でお終いにしますが、正月に4日ほど休んでまた再開しようと思います。

 

土曜日: 散歩2km 縄跳び3720回 瞑想7分50秒 この日のグリップワークは休みました。

 

日曜日(今日): この日は前日に大晦日で夜更かししていたので朝は10時に起きてお昼までスマホゲーのデイリーミッションをこなして、昼過ぎは銭湯に行ったので散歩も縄跳びもお休みです。

 

今週は年末年始で忙しく、筋トレや有酸素運動、制作を結構休みがちな週となりました。ブログネタは書きたいことが先週の時点で決まっていたので割としっかり書けたと思います。

 

オナ禁349日目のブログ投稿に書いた、西洋における帝王学であるエソテリック(身内にのみ教える本音の教育)に対するエキソテリック(外部の人間に教えるための、エソテリックとは矛盾した建前的な教育)についてと、それらの概念を同時に内包した一つの例であるピラミッドスキームの詳しいコンセプトの抜粋を掲載します。

 

以下抜粋

 

王朝を長く続けていくことを想定すると、どうしても避けられないテーマが「タブー」にまつわる話になってきます。

 

目指す頂が高いほど、「風が吹いたら桶屋が儲かる理論」を使って勝たなければいけません。というのも、勝負をしている相手が何故負けているのか理解させずに勝つ事が重要になってくるからです。勿論、相手が負けている理由が分からず純粋に運が悪くて負けていると考えている一方で、自分は明確になぜ勝っているか理解していなくてはなりません。そして相手がなぜ負けているのか理解して対策を取り始める前に、再び「風が吹いたら桶屋が儲かる理論」で勝つ手を考えるのです。そうすると理論上は勝ち続けることが出来ますが、これは以前のブログ投稿で書いた教育システムを「身内に教える本音の教育」であるエソテリックと「外部の人間に教える建前的な教育」であるエキソテリックに分ける行為に通ずるところがあります。

 

僕はアメリカにいた頃にいわゆるエソテリックな知識とされる秘密結社やオカルトの本を流し読みした事があったのですが、そういう地下組織がカルトを維持する為の基本的な戦略としてピラミッドスキームを採用しているという内容を読んだ事があります。このピラミッドスキームでは、最下層に属する人間は最も禁欲的なルールのもとで生活します。ピラミッドの各階層の移動は原則的に無いものとされていますが、実際は「法」を想定外の方法や文脈で破った者を「高度な政治的判断で」秘密裏に上の階層に招待する事があります。

 

高度な政治的判断で上の階層に招待された者が最初にやることは、自分と同じ様な方法や文脈で法を破る者が今後出ない様に法を改善することと、タブーの一つ、例えば「禁酒」などを破ることです。最下層より上の階層では、実は最下層では表向きタブーの一つである「禁酒」が存在しません。上層の人々は最下層の人々に対しては自分も禁酒しているというポーズを取りながら、普段から酒を飲んでいるのです。これには上層の人々は「快楽と秘密」を共有する事で、自分より下位の禁欲的で間抜けだが「最大派閥」である最下層に対する、いざという時の結束を高めるという意味があります。上層に招待された人は「自分も快楽と秘密を共有したので決して裏切りませんよ」というポーズを見せなければ決して歓迎されることはありません。そしてこの構造が一つ上の階層に行く度に繰り返されます。

 

つまり上に行くほどタブーは減り、より多くの秘密と快楽を共有した上層の人々は、下層の人々に対する強い結束力を示し、上層の人々にとって都合の悪い情報は決して下の方に流れて来ない構造になっています。これはつまりタブーの内容や秘密の規模や程度が言葉にするのも憚られるモノであればあるほど、皆が必死に口を塞ぐようになるのでピラミッドはより大きく成長し、より安定するようになるという事になります。

 

想定外の文脈や方法でタブーを破る者をルールを作る側、つまり上の階級に招待する事は、限られた人的資源の運用という意味で正しいといえます。一度でも想定外の文脈や方法でタブーを破る事に成功した個体は、ルールを作る側の想定外の考え方をしている訳で、その後も同じような行為を繰り返す可能性が高いからです。法的に罰しようとしても、その理由となる厳密な法的説得力が弱いという背景もありますし、法の穴を見つけるのが上手い人材にはグレーゾーンで行動し、なかなか捕まらない犯罪者をやらせておくよりも、同じ穴の狢を摘発する警官や弁護士、果ては国同士、組織同士で倫理的なタブーを犯しつつ競争しながらも決して捕まらないスパイや諜報員としてリクルートするのが、不完全な法の下で容疑者を曖昧に罰する事で臭い物に蓋をしてしまうよりも、限られた人的資源の運用としてはやはり正しいと言えます。

 

などという風にブログなどで発信者として東西の体制教学に関する情報を小出しにしてみると分かるのですが、やはりどう考えても短、中期的にはタブーの共有によるブラックメールや、金融工学を駆使した賄賂を中心とした飴と鞭による支配と、それを支えるエキソテリックとエソテリックに分かれた教育といった情報の非対称性から生じる悪徳に基づく君主論的な西欧の王室のようなやり方の方が、徳治という綺麗事を真剣に追求した中国の儒教といった体制教学と比較して明らかに為政者として求められる能力が低く済むことが分かります。

 

中国のやり方は基本的にはマウントの取り合いですが、マウントを取る瞬間というのは自分の戦術または戦略をマウントを取られる相手に目撃させなければならないという点で、技を見せると必ず次は相手にメタられる為に、それも想定した上で自分も更にそのメタ戦略を放つ準備をしておくといった技の応酬に繋がるので、精神的なスタミナの消耗が激しく、長期政権を維持するのがどうしても難しくなります。

 

しかしエンドゲーム的な話をすると、以前のブログ投稿で「物理学の成果である核兵器の運用は、政治的に正しく振る舞える科学者にしかそのテクノロジーにアクセスする事が出来ないという事実のために、その結果として核戦争は起こっていません。これは同時に核兵器以上に社会にインパクトのあるであろうテクノロジー、例えば量子力学やフリーエネルギーのテクノロジーが発明されても、その技術にアクセスがあるのは政治的、願わくば倫理的に正しく振る舞える人々のみであるべきだという事実も仄めかします」と書いたように、やはり悪徳に基づいた体制教学は必ずある段階に至ると「倫理といった人文科学的な基準を満たしていない」といった理由で自然科学の発展が抑制、または開発済みの高度な自然科学へのアクセスが禁止され、文明がある程度以上の発展を遂げることが不可能になってしまうという点で、超長期・究極的には美徳に基づいた体制教学である中国の儒教に軍配が上がると僕は考えております。

 

以上抜粋終わり

 

このブラックメールというビジネスについて知らない人に、これはどういうタブーを犯してどのように利益に繋げているかについて説明しますが、これはかなり人としての理性に反する行為なので、説明を聞いてどういった理屈なのかは理解出来るでしょうが、人によっては事実として消化するのに時間がかかるかも知れません。

 

例えばあなたが出来るだけ少ないリソースで政治家をコントロールしたい時どうしますか?ブラックメールを生業にしている人はまず子供と銃とビデオカメラを用意します。必要な準備は実はこれだけです。そして政治家のセキュリティーをなんらかの形で突破した後に、銃を突きつけて政治家に子供をレイプさせているところをビデオカメラで撮影し、次にレイプし終わった子供を射殺しているところを撮影します。断れば自分が射殺されるだけです。子供は誘拐してきたり、これもまたウサギの深い穴の話になってくるのですが、悪魔(バアル)信仰をしている人々が地下の洞窟などで運営する生贄用の人間牧場から調達してきます。皆が思っている以上に、これは巨大な産業なのです。

 

摘発されたカルト運営の人間牧場の例↓

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因みにこれは捕まっている時点で明らかにその業界では大物ではない事が分かります。

 

そして「この映像をバラされたくなければ言う事を聞け」と言って、金融工学で詐欺的に作られた賄賂を軍資金として渡します。これがブラックメールの仕事内容です。セキュリティーを突破する時などは、例えばまずボディーガードの1人にこれを行います。それも失敗する場合は相手勢力の倫理観が高すぎるのが問題なので、そもそも汚職を積極的にやらないと出世出来ない構造にして、ターゲットの周辺に倫理観に問題のある人を配置するようにします。まずは1人だけで良いのです。1人ブラックメール出来ればその同僚をブラックメールされた本人の協力の元に誘き出して同様のブラックメールを繰り返します。相手勢力に数人手駒が出来たらその手駒達に幹部の1人を誘き出させて…と外堀を埋めてゆくのがハザールマフィアの「浸透」の常套手段です。

 

しばらく前に表向きには獄中死したとされている、エプスタインという男が小児性愛カリブ海の小島で組織的に行った容疑で捕まりましたが、あれがブラックメールの一例です。当時、エプスタインの彼女であったギスレイン・マクスウェルという女性がいましたが、彼女の父はロバート・マクスウェルという人物で一代でメディア王となったとして知られておりますが、実際はブラックメールが本職で権力を掴む事でメディアの方で成功したと言われており、娘のギスレインは父のビジネスを再現しただけです。

 

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ちなみにロバート・マクスウェルは他殺が疑われており、死亡した時にはイスラエル国葬で弔われました。生前のブラックメールによるモサドへの貢献が押し図られますね。

 

そもそもこういう行為を出来ること自体が、ユダヤ人以外を人間として扱わない、「家畜以下のゴイム」という定義をしているタルムードの教えの所為なのですが、この人間を家畜以下に扱うのがさり気なく議論の出発点になっているところに、こういった知識が本当に人間ではない者のメンタリティーに由来している可能性が感じられる部分なんですよね。当時のバビロニアには奴隷が沢山いて、如何に少数のエリートで大多数の群衆をコントロール出来るかという技術が発明されたとされ、そういった知識体系の総称をバビロニアの黒魔術と呼んでいます。またメソポタミア文明初期に農耕民になって定住した者達は、周囲の遊牧民や狩猟採集民よりも食が貧しく、日常的に肉を食べてて体の大きく、力の強い遊牧民などに支配される側だったとも言われます。そして少数で大多数をコントロールする技術は遊牧民の、羊飼いが猟犬を介して羊の群れをコントロールするのに由来したとされていて、そのヒエラルキーは羊の大群の上に猟犬がいて、その上に人間がいますが、羊目線で言えば羊は自分の目の前の羊が左へ行けば左へ行くし、右に行けば右へ、あとは怖い猟犬に追われれば逃げるくらいで猟犬の上の人間や遊牧といった概念、自分が食べられるために飼育されているといったメタ認知は当然ながら有りません。また羊達は前の羊が崖に向かって突き進み、落ちていくと自分もそれについていって大量死してしまう事が偶にある為に、僕の情報収集している英語圏のコミュニティーでは人々「people」と羊「sheep」を掛けた造語として自分の頭で論理的に考えられないシープル「sheeple」と呼んだりします。そしてシープルがゴイムで、ユダヤ人が猟犬というアナロジーになっているのですが、そうすると猟犬の上の人間にあたる存在が何なのかというのが謎になって来ており、そこにメソポタミア文明におけるアヌンナキと呼ばれる「空から来た人々」と訳される存在が、地球に金を採掘しにやって来て、丁度良い労働者が居なかったことから、地球の猿とアヌンナキのDNAハイブリッドを作って金を採掘させていたというメソポタミア文明の神話に繋がってきて、やっぱり地球人の上位存在とされる地球外生命体いるよね?とか、そういった前提なら猟犬であるユダヤ人以外を家畜以下のゴイムとして扱うのが議論の出発点になってくるのも筋が通ってくるな、という話に繋がってきますが、これは次回以降のブログネタに取っておこうと思います。

 

前回のブログにも書いた通り、現代の学問はどれも古代文明の系譜を継いでいる古典の学問と比較すると、学問としてのレベルが数段低いと思います。小説なんかでもそうですが、古典の傑作なんかはいわゆる「時の試練」に耐えた作品で、例えば古典を好んで読む人の中には「現代の作品は大したことないものが多い」という人もいますが、それもそのはず、現代の作品はこれから「時の試練」に晒されて未来の「古典」になれるかが試されるのであって、ほとんどの作品は古典になりきれずに消えてゆく運命だからです。なので、古典が素晴らしく現代の作品のレベルが低いのではなく、昔もレベルの低い作品は無数にあったのが、それらは「時間の試練」に耐えきれず、消えて行っただけなのです。それを考慮に入れてもいわゆる「古典」の学問的な重要性が押し計れますね。儒教関連の書物や史記漢書といった歴史書から学べる古典は黄河文明で発生した漢字で書かれた、現代まで続いている四大文明の一つの古典です。ユダヤ人に扮するハザールマフィアの修めている学問であるバビロニアン・タルムードは元を辿ればバビロニアのあったメソポタミア文明バビロニアの黒魔術と呼ばれる知識体系の系譜を継いでおり、この知識の中には背乗りといった欺瞞的な奥義が多く記されているので、これもまた四大文明の一つであるメソポタミア文明由来の古典であると言えるのですが、そのように見えないように擬態して、その欺瞞に満ちた知識体系は現代まで受け継がれています。インダス文明エジプト文明の知識体系は僕はあまり詳しくないのですが、少なくとも表向きには考古学的にも翻訳出来ないものが多いらしく、知識体系としては断絶したものと見做されているようです。僕の考えではエジプト文明インダス文明も、地理的には黄河文明よりも以前に、メソポタミア文明由来の欺瞞的な知識体系の系譜を継いだハザールマフィアとの衝突があった筈なので、比較的似たような知識体系であれば同化され、対立するようなイデオロギーを持つ文明であれば破壊されたのだと思います。バビロニアン・タルムードの哲学が悪徳、情報の非対称性、欺瞞、偽善性、少数による多数の支配、血縁主義に基づいたものであれば、一方の黄河文明における学問の一つである儒教の哲学は革命における出口戦略を前提とした美徳、情報を共有することによる知識体系の洗練、時代に反する建前のようにさえ感じられる本音、擬悪性、多数による多数のための支配、実力主義に基づいたものとなっており、二つの古い文明の間には、非常に対照的な哲学を持った古典学問の文化的衝突のようなものが発生していることが分かります。というのもバビロニアン・タルムードで積極的に扱われるテーマというのは、儒教の世界では革命を起こされた時に、革命を起こされた前王朝側の出口戦略を不可能にしてしまう為に、そもそも中国の支配層にとって採用するのが積極的に忌避されるテーマとなっているのです。そしてハザールマフィアの欺瞞的な文化は数千年前からつい数年前までの、いわゆる「悪徳の時代」に於いて殆どの間、世界の殆どの地域で文化的に支配的な勢力であり続けてきた訳です。

 

ちなみに日本へのハザールマフィア達による浸透についてですが、信長や秀吉の時代にイエスズ会がやって来て、彼らが火薬と引き換えに人身売買を隠れてやっていることに気づいた一部の勘の鋭い人々は、表向き啓蒙や慈善事業をしに来たイエスズ会を糾弾しようとしましたが、彼らの欺瞞に気づかない人々が多過ぎたことと、恐らく当時の地元の権力者がブラックメールの対象になっていた為に、更なる欺瞞を用いて気付かない人々の間で「気付いた人々=慈善事業家を糾弾しようとする気狂い」という構図が作られて日本への浸透を許してしまいました。この現代のブラックメールに近い行為や子供の生贄という行為は調べれば分かるのですが少なくとも歴史が記され始めた数千年前から少なくとも中東や欧州の地域でずっと行われて来た慣習で、この人たちはバアルという天候神を崇拝対象にしてして子供を生贄にしていました。

 

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話がぶっ飛び過ぎててついて行けないという人は、西洋の血族エリート、要するにハザールマフィアの腐敗に詳しくない、まだ周りで実際に何が起きているのか気づいていない人だと思うので、まずは↓の動画シリーズから見始めると良いです。僕も1日5~6時間、約3年半ほど掛けて情報収集し、散在する情報の点と点をつなげながら情報の裏を取りつつ、やっと消化出来た情報なので、今からこういう話を知る人は不思議の国のアリスの「ウサギの穴がどれだけ深いか確かめる」作業にそれぞれ移行してゆくのだと思います。既に開示されている情報の触りの方を大方調べ終わっている人々は目覚め始めた人々に各々が少しずつブログやテレグラムといったSNSを通じて情報開示して行っている感じですね。

 

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ちなみに今年の年末にアメリカ留学組とのオンライン忘年会と、高校の同級生たちとの忘年会に出席しました。アメリカ組は半分強が結婚していて、高校の同級生は半分が既婚、婚約、同棲を始めたという感じで、あとの半分は僕も含めて恋愛もしていない感じでしたね。ただ一つ収穫があったのは、アメリカ留学組のオンライン忘年会の幹事をやっている人で、アメリカのコミュニティーカレッジ時代にオカルトとか陰謀論に興味を持ってた人が、最近コロナ茶番に気付き始めたらしく、オンライン飲み会を早めに解散した後に僕と2人になる状況が出来て、僕に最近の陰謀論を聞いてきたので色々と説明したら興味を持ったようで、まずは上に貼った「裏政府カバールの崩壊」の動画が、最近の真実運動コミュニティーでは「何かおかしいと気づき始めた人たち向けの動画」と評価されていることもあり、勧めておきました。彼はつい最近何かがおかしいことに気づき始めたので、残念ながらワクチンは既に4回打ってしまっているのですが、僕もこれから色々とワクチンデトックス関連も含めて彼と情報を共有していこうと思っているので、それを通してワクチン複数回接種済みからのワクチンデトックスによる長期生存コースが成立すれば、これをケーススタディーとして、ワクチン接種後に気づき始めた人々向けの再現可能性のある、認知的不協和に陥らないような情報共有も含めたワクチンデトックスプロトコル的なものを見出せるなと思い、いろいろ試行錯誤してゆくつもりです。彼は僕の友人の中ではかなり僕と波長も近い方で、そもそも彼の興味を持ちそうな話題が僕の好きな話題と割とオーバーラップしている部分が多かったので、色々と説明しやすくて助かっています。僧侶の友人は今年春に結婚を控えていて、結婚後は恐らく2~3週間に一度くらいしか遊べなくなるので、それで持て余しそうな時間を、この「最近気づき始めた、僕と周波数の近い友人」の出口戦略を試行錯誤する時間に費やしたいと思っています。という事で次は1月8日に彼とオンラインで話す予定です。

 

僕の2022年の教訓は、人は自分の理解力を超える情報を与えられても、仮にその理屈は分かったとしても、それを事実として消化することが出来ないことと、何かがおかしいと感じていて自分を変える準備が出来ており、キッカケとなる情報を求めている人にしか本当の啓蒙は出来ないことを学んだ年になりました。自由意志の尊重される世界では善意で自己破壊的な思考をしている人を啓蒙しようとしても、特にそれが世の中では「普通の考え方であったり、普通の行動」と見做されている世界では、それは「ただのおせっかい」になってしまうんですね。中国の古事成語にも、一度見ただけなので詳細は忘れてしまったのですが、「どんなに優れた学問も、相手に求められる前に教えてはならない」といった内容のものがあった気がします。また僕は2017年に4chanで始まったQアノンムーブメントを片手間に追いつつ陰謀論系の情報収集していたところから2019年のコロナが始まった頃のワクチンの件で何かおかしいという感覚が確信に変わり、それ以降の過去3年半、毎日5~6時間欠かさず陰謀論と言われる情報を、情報収集していたコミュニティの中でも、可能な限り又聞きのような二次情報や三次情報ではなく情報源を少しずつ上の方へ遡りつつリサーチし、研究時間は合計で6000~7000時間を超えている計算ですが、自分としては知識欲に従って空いたプライベートの時間を貪るように全てリサーチに注ぎ込んでいただけですので特に頑張って勉強していたという意識は無かったのですが、最近はリサーチを重ねていく上で一般の気付いていない人との認識の乖離が気になり始めていました。

 

またコロナ発生直後から具体的なデータを挙げてワクチンは危ないと周囲に警告はしていたのですが、ワクチンを回避させるよう説得する事に成功したのは毎日話せる、同居している両親だけで、兄も一番親しい僧侶の友人を含めて周りは同窓会をするような関係の人々はほぼ全員ワクチンを複数回打ってしまいました。そしてつい最近イーロン・マスクTwitterファイルで陰謀論とされてきたことを信頼出来るソース付きで、事実であることを証明した頃から時間差で気づく人が周囲に少し出てきた事で、今までブログでは頭おかしいと思われそうという理由で意図的に避けていた話題である陰謀論関連の情報の需要が出てきたように感じ始めたので、そろそろ今までリサーチしてきた情報を少しずつ認知的不協和が発生しないペースで開示してゆくタイミングが来たかなと思い、ブログネタにし始めた次第です。ブログネタがないと言っていたのは、一般人が認知的不協和なしに消化出来るブログネタが不足してきていただけで、僕のメインのリサーチ対象である陰謀論関連を解禁すれば、実はしばらくはブログネタには困りません。

 

西欧のエリートはフランス革命ボルシェビキ革命という、ユダヤ資本が革命を起こす側と起こされる側の両方に出資している似非革命しか経験しておらず、中国式の「支配エリートが一族郎党皆殺しにされるガチの革命」を経験していないことから、度重なる近親交配によってエリート層の血が濃くなりすぎて、現代のハザールマフィアの直系の子孫であるアシュケナージユダヤ人は血友病といった遺伝子病を数多く抱えており、5世代以内に他民族と交わらないと自滅していく運命にあるなどという言われ方をしたりします。そこで次回のブログ投稿では僕が色々と調べた上で見出したパンデミックと西欧における優生学の関係、また西洋と中国における優生学の違いについて語りたいと思います。

 

オナ禁531日目

蘭亭序の臨書

今週も銭湯帰りのスタバからブログ投稿しております。今週制作は書の臨書を1週間やりました。来週は来年序盤の課題になってくる山水画の雪山の夜景を1週間試行錯誤してみようと思います。書に関してはこのアップロードした臨書が特に秀逸という訳でもなく、最近は安い半紙で練習しているのですが、安い半紙は墨が乾くと紙がシワシワになって写真写りが悪いのと書き味が清書用の宣紙と違うので、半紙20枚毎に清書用の宣紙に一枚書いて、それは写真写りが良いので出来栄えとか関係なくアップロードしている感じです。最近は会心の出来でなくとも割と良く見える程度の臨書が書けるようになりました。筋トレの方は今週は年末の買い物などで忙しく、トレーニングが途切れ途切れになりそうな感じだったので、それなら左肩の調子も悪いし、思い切って1週間プリズナートレーニングを休んで様子見してみようと思い、有酸素と瞑想、軽いグリップワークだけ行いました。週末の方になると体を動かしたくてウズウズしてしまってクローズプッシュアップやプッシュアップの状態で肩甲骨の開閉だけ行う肩甲骨プッシュアップ?と呼ばれるトレーニングをちょくちょくやっていました。肩甲骨プッシュアップの方は左肩のリハビリに結構良い影響を与えている気がします。

 

以下は今週の有酸素と瞑想とグリップワークとなっております。

 

月曜日: 散歩2km 縄跳び3630回 瞑想6分5セット

 

火曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回5セット step4アンイーブンハング左右46秒5セット 散歩2km 縄跳び3640回 瞑想6分10秒5セット

 

水曜日: 散歩2km 縄跳び3650回 瞑想6分20秒5セット

 

木曜日: 瞑想6分30秒5セット

 

金曜日: 散歩2km 縄跳び3660回 瞑想6分40秒5セット

 

土曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回2セット step4アンイーブンハング左右47秒2セット 散歩2km 縄跳び3670回 瞑想6分50秒5セット この日のトレーニングは年末の買い物がどこも混んでて忙しく、殆どこなせませんでした。

 

日曜日(今日): 散歩2km 縄跳び3680回

 

リズナートレーニングの方は来週月曜日から31日まで行って、正月は1週間制作と筋トレ両方休みつつ、左肩のリハビリで低強度かつ可動域狭めのトレーニングを試行錯誤してみます。瞑想は毎日やります。というか瞑想は長時間になるにつれて頻度を下げるつもりだったのですが(最初の計画では1日トータル30分くらいを目安に、例えば7分を超えてきたら回数を4回に減らすつもりでした)、なんだか瞑想をすると頭が冴えてきて癖になってしまい、一応上の報告では1日5回と書いているのですが、実際は数えてなかっただけで少しでも隙間時間が出来ると瞑想をしていたので週末は1日8回はやっていたと思います。日曜日は午前中だけで4回はやりました。瞑想はこれからかなり頻繁にやりそうなのと、いちいちチェックするのが面倒臭いので回数は数えないことにします。


今週は左肩の小康状態をしばらく維持しつつ筋トレを続けているのもあって、どんどん筋トレを高負荷にして鍛錬していきたい気持ちも強い一方で、あまり無理して慢性痛になったら嫌だなという気持ちもあるので、思い切って1週間だけ6種目のプリズナートレーニングをお休みして、様子を見てみる事にしました。ちなみに肩を殆ど使わないグリップワークは気持ち軽めに行い、週6で行なっている有酸素と瞑想は継続します。約1週間もトレーニングを休むのは恐らく今年の正月ぶりです。

 

今週のブログネタは儒者視点から見た日本、韓国、北朝鮮、中国の関係といった東アジア史について書いてみようと思いました。東アジアの歴史の焦点というのは、儒教という学問を修めた東アジア各国が、儒教という学問で扱う易姓革命という西欧の非常に古い血縁エリート達にとって危険な思想と、それに対応しようとした西欧の血族エリート層の末裔であるバチカン教皇庁やイエスズ会、ユダヤ教などとやり取りする際に、彼らの体質的な根深い欺瞞を見抜いて、東アジアそれぞれの国への権力の中枢への浸透を防げる事に成功していたかというところが東アジア各国の運命の分かれ目だったように思います。儒者視点という事で、当然儒教の発祥国である中国を中心とした世界観になっていますので日本人の主観的には聞きなれない解釈になっていると思いますが、そういう解釈もあるんだなという風に聞き流す感じで、数多にある解釈の中の一つとして読んで頂きたいです。ただ中国人の全てが儒家かと言えばそうでもないと思うので、これは一国からの視点というよりは、東アジアで割と真剣に儒教を修めている人々の視点から見た東アジア史のようなものだと思って読んでみてください。

 

最近瞑想が正しく行えている証拠なのか頭が非常に冴えてきています。正直今の僕の視点から物事を話すと、僕のブログをこの投稿から見始めた日本人では刺さりすぎて気分を害するというか、怒ってしまう内容になってきそうな気がしています。それこそ人によっては考え方が地動説から天動説になるくらいのコペルニクス的回転を経験するかもしれませんが、それは長期的に見て決して悪いことではないと判断したので、案ずるより産むが易しという事で、取り敢えず空気を読まずにいつものマイペースで書いてしまおうと思います。

 

出典は忘れてしまったのですが、中国の歴史認識に、薪を積み上げていくと下にあるものの方が古く、上にくるものほど新しいものであるという事実から、中国の史実以前の神話に当たる部分というのは実際に古代から今日まで語り継がれてきた話ではなく、歴史がある程度進んでから積み上げられた教訓を基に作られた、後世の作り話であるという説があります。なので中国の神話の時代の逸話は、黄帝の徳治に纏わる話や、堯舜禹の後継選びに纏わる話など、中国の歴史の真髄というか奥義のような部分を反映した逸話が多いです。

 

堯舜禹の後継選びに纏わる話に関してですが、堯の皇帝は血縁に関係なく徳の高さや貢献度、能力に基づいて後継選びをしています。そして次の代である舜も、黄河の治水を成功させた業績に基づいて禹に禅譲しています。最後の禹に関しては殷王朝の前の夏王朝を設立したとされ、これは中国初の世襲王朝となりました。禹の前任者の堯舜の二者に関しては儒家により神聖視されて聖人と呼ばれています。

 

以下はWikipediaより抜粋した堯舜禹の禅譲の詳細な成り行きです↓

 

堯についての概要

 

堯には丹朱と言う息子がいたが、臣下から推薦者を挙げさせた。放斉は丹朱を挙げ、驩兜共工を挙げたが、堯は二人とも退けた。みなが虞舜()を跡継ぎに挙げ、性質がよくない父と母、弟に囲まれながら、彼らが悪に陥らないよう導いていると言った。堯は興味を示し、二人の娘を嫁した[7]

 

それから民と官吏を3年間治めさせたところ、功績が著しかったため、舜に譲位することにした。舜は固辞したが、強いて天子の政を行なわせた。舜の願いにより、驩兜共工・鯀・三苗を四方に流した。20年後に完全に政治を引退し、8年経った頃に死んだ。天下の百姓は父母を失ったように悲しみ、3年間音楽を奏でなかった。3年の喪があけてから、舜は丹朱を天子に擁立しようとしたが、諸侯も民も舜のもとに来て政治を求めたので、やむなく舜が即位した[8]

 

舜についての概要

 

舜は顓頊(せんぎょく)の6代子孫とされる。母を早くに亡くして、継母と連子と父親と暮らしていたが、父親達は連子に後を継がせるために隙あらば舜を殺そうと狙っていた。舜はそんな父親に対しても孝を尽くしたので、名声が高まり堯の元にもうわさが届いた。

 

堯は舜の人格を見極めるために、娘の娥皇女英の2人を舜に降嫁させた。舜の影響によりこの娘達も非常に篤実となり、また舜の周りには自然と人が集まり、舜が居る所は3年で都会になるほどだった。

 

そんな中で舜の家族達は相変わらず舜を殺そうとしており、舜に屋根の修理を言いつけた後に下で火をたいて舜を焼き殺そうとした。舜は2つの傘を鳥の羽のようにして逃れた。それでも諦めずに井戸さらいを言いつけ、その上から土を放り込んで生き埋めにしようとした。舜は横穴を掘って脱出した。この様な事をされていながら舜は相変わらず父に対して孝を尽くしていた。

 

この事で舜が気に入った堯は舜を登用し、天下を摂政させた。そうすると朝廷から悪人を追い出して百官が良く治まった。それから20年後、堯は舜に禅譲した。

 

帝位についた舜は洪水を治めるためにを採用し、禹はこれに成功するなど上手く世の中を治め、その後39年間、帝位にあって最後は禹に禅譲して死去した。なお、舜の子孫は周代に虞に封ぜられている。

 

以上Wikipediaからの抜粋終わり。

 

要するに中国初の世襲王朝である夏王朝を設立したと禹と比較して、血縁に関係なく能力に基づいて後継を選んで儒家に神聖化されて堯舜が聖人と呼ばれるのを見ても分かる通り、中国の儒教という学問における理想というのは、結局は神話の世界でしか果たせなかった能力主義による堯舜の平和的な禅譲という、血縁主義ではなく能力主義である事が分かります。結局後世において人の身では果たせなかった理想を実践できるところがフィクションである可能性の高い神話の世界の「神々」として崇められる所以ということですね。黄帝による徳治の話も同様に神話の時代の逸話である為に、結局はいくらそれを追求しても人間ではまず実践出来ないような理想だけど参考までに、といった話になっている感じです。

 

後継問題というのは古今東西どの権力者にとっても王朝を維持してゆく上で核心となってくるテーマと言えます。能力で選べば自分の子孫が選ばれなくなる可能性は高いですし、能力のない血縁主義で選ばれたトップの指揮ではそもそも王朝が没落してしまう可能性があるからです。

 

西欧の古い血族エリートについて語る時に外せないのが、ハザールマフィアと呼ばれる人々です。この人々は現代においてはアシュケナージユダヤ人として知られております。正直この話をすると、とても長い話になってしまうので面倒臭いのですが、これに触れておかないと西欧の血族エリートとその末裔であるローマ・カトリック教会のトップや英国王室、ユダヤ教に改宗したことでユダヤ教ユダヤ教改宗以前から実践していたバビロニアの黒魔術とを融合させたバビロニアン・タルムードという聖典を完成させたハザールマフィアの邪悪さと、その邪悪さを隠すための彼らの欺瞞の深さが理解出来ないので、詳しい説明は詳しいソースを探すのでそちらの方で読んでもらってきて、このブログでは概要だけ触れようと思います。

 

詳しく調べるとめちゃくちゃ長い話になるのですが、ハザールマフィアの歴史に関してかなり正確な海外の記事をGoogle翻訳で日本語に訳したページを貼り付けておきます↓

 

www-veteranstodayarchives-com.translate.goog

 

中国の儒教を修めている人は天下を獲ろうとした時に、人の上に立つ人としての道理として実力主義を採用している為に、実力に基づいた王朝の入れ替えが定期的に発生する前提なので、下克上された時の出口戦略を考慮した結果、人道に対する犯罪などのタブーを出来るだけ犯さずに、前王朝に対して革命を起こします。また革命を起こす時の大義名分も前王朝が衰退してゆく上で、本来勝つべきではない者を勝たせようとする過程で汚職が深刻になり、正義が執行されないなど社会が歪な構造になった結果、人道に対する犯罪を犯したからといった理由が多いです。そして前王朝が人道に対する犯罪を犯していて尚且つ革命が成功した時に、前王朝の幹部一族を、王の汚職を許してしまった連帯責任で全員処刑するイベントが恒例化し、これが我々の持つ古典的な革命のイメージの元となっております。

 

僕も儒教を修めているので自覚があるのですが、このような学問を修めた結果の不可避の成り行きとして、人道に対する犯罪を犯しているという自覚のある汚職エリートが、自分がやられる前に先手を打って儒家の命を狙ってくる構図になっているという、汚職の蔓延る社会に於いては学習者としてかなりの覚悟を持たなければ修められない学問になっております。上のカザールマフィアについてのリンク先の記事を読んで頂いた方なら分かる通り、西欧の古い血族エリートのトップ層はカザールマフィア達の高度な欺瞞によって浸透、いわゆる「背乗り」されており、人道に対する犯罪といったタブーを積極的に犯す事でライバルに対するアドバンテージを得るようなマキャベリ君主論的な戦法を採用していたので、つまり儒教はそういった輩の出口戦略を不可能にする為に、危険視されて当然の学問となっておりました。

 

ちなみに日本は万世一系を謳う天皇家があるので、革命が起きて王の姓が変わる「易姓革命」という概念が検閲されるなど、日本独自の「日本儒教」という形にローカライズというか、一番核心の部分が妥協された学問が学ばれていました。そして僕の分析ではカザールマフィアはまさにそこに目をつけたのだと思います。要するに少数民族である満洲族漢民族を支配していた当時の清王朝で、満州族の皇帝を日本の天皇が傀儡にすれば、数で優る漢民族を攻略せずとも少数精鋭によってトップだけを切り落とす断首作戦によって、万世一系天皇家をトップにした易姓革命という概念が意図的に検閲された日本儒教による間接支配が成立して、西欧の古い血族エリートは易姓革命を中国に封じ込めた後に、その文化を少しずつ日本儒教に置き換えていき、最後は易姓革命という概念自体を抹消する事が出来るからです。

 

またハザールマフィアについてのリンク先の記事内でも紹介されているように、清王朝シルクロード貿易の結果による巨大な金の備蓄に関しても目を付けられていました。そこで西欧が金を取り返す為にアヘンの貿易が始まりました。因みにこの際に日本に銃の技術をもたらして「アヘンで弱った清王朝は金を鱈腹蓄えているから略奪するといいよ」とけしかけつつ、清王朝には「日本が清王朝の金を狙っているからヨーロッパに預けた方が良いよ」という二枚舌政策によって得られた金を担保にして、実際にヨーロッパ各国の中央銀行が設立される流れとなりました。

 

日本視点から見ると、銃はポルトガルから種子島に伝来したり、一方でバチカンからイエスズ会などが啓蒙や慈善事業の仮面を被って日本に浸透してくるなど、それぞれ独立した命令系統から個別のイベントが同時進行していたように見える為に、問題の本質を掴むのが困難だったと思いますが、これらはタコの8本の足が全て1つの頭に辿り着くように、結局はカザールマフィアに高度な欺瞞を以て浸透され、背乗りされた欧州各国の古い血族エリート達による日本の権力の中枢への更なる浸透の為の大規模な操作だった訳です。

 

因みに西欧から火薬を積んできた船が日本で火薬を下ろして、帰りに何を商品として持って帰ったかというと、女子供といった人身売買用の奴隷であったと言われています。信長や秀吉の時代に欺瞞に満ちたイエスズ会やキリスト教が一部の真実に気付いた人々に危険視されつつも、それでも結局は浸透を防げなかったのは、その欺瞞を見破ることが出来なかった人々が多すぎて、イエスズ会の悪意に気付いて彼らを弾圧しようとした人々を更なる欺瞞を駆使する事で逆に悪人に仕立て上げるという構図だったのだと思います。

 

また彼らの浸透が巧妙なのは、新たな寄生先の人々のエゴを上手く刺激するところだと思います。例えば日本の場合だとキリストは実は生前日本まで辿り着いていて日本で死んだとか、日ユ同祖論などを持ち出して日本人に親近感を持たせ、宗教的に選ばれた民族であるという感覚を持たせた上で、イデオロギー的に紐付きのテクノロジーや資本を投資して下駄を履かせて成功させ、やはり選ばれた民族だと確信を持たせ、一方でそれを日本だけに行っているかというとそういうことでもなく、昨今の統一教会が日本の権力の中枢に浸透していたのが顕在化してくると、どうやら統一教会はCIAやKCIAによって当時アメリカに留学していた文鮮明を教祖に仕立てて創られたキリスト教系のカルトで、やはりここでも韓国人は選ばれた民族だとか、日本に虐められたのでやり返す権利があるとか、実は韓国人はキリストの子孫だとか、どこかで聞いたことのある話で、日本人の面白いところは自分がヨイショされている時は「そうかも知れない」と思い込む一方で、韓国人がキリストの子孫といった話を聞くと、日本と同じような構図なのにトンデモない法螺話という真逆の捉え方をするところが、正に自分のエゴを利用されて騙されている事に気付かないメタ認知の低さを示しているところだと思います。

 

しかも日本の場合は韓国の統一教会が日本の権力の中枢に浸透した関係と同様に、天皇家によって清王朝の皇室を傀儡にして中国全体を間接支配しようとしたハザールマフィアを中心とした西欧の古い血族エリートに利用される際に、金銭に加えて銃といった技術的援助や、清王朝をアヘン中毒に陥らせるなどのお膳立てをしてもらって日清戦争に勝利し、その結果勝ち取った法外な額の賠償金を使って日露戦争に勝ったのは「自分の実力」と捉え「やはり日本は特別で天皇は偉い」と考える一方で、韓国が統一教会を通じて日本を間接支配しているのはCIAやキリスト教で、要するにその上にいる欧米エリートが強いだけだから韓国人が優秀なわけではないとか、外部の人間のイデオロギーという紐付きの投資や技術で下駄を履かせてもらって日本を間接支配している卑怯者という「大日本帝国清王朝の構図と、韓国と日本の構図はどちらも全く同じ構図でカザールマフィアに浸透されているのに、日本の自分に対する印象と韓国に対する印象が真逆になっているという、やはり日本の自分をどう捉えているかというメタ認知の低さが見て取れるんですよね。

 

清王朝天皇家によって間接支配した日本を、更に韓国の統一教会によって間接支配しようとしたのは、ハザールマフィアによる中国の実効支配に向けてイデオロギー的な戦線を日本から西へ向かわせるのと同時に「キリスト教>キリスト教系カルトである統一教会>易姓革命という概念を検閲した日本儒教>中国の易姓革命という概念を検閲していない本当の儒教」という支配構造を作り上げて、儒家の学問的な上昇志向を利用して徐々にキリスト教に改宗させてゆく作戦だったと思うのですが、そもそも儒教は漢字で書かれた学問、つまり漢民族の学問だったので、満洲族の皇室を切り離すことで本来の漢民族を支配階級とした中国に戻ったんですね。ちなみに支配階級ではなくなった満洲族の多くはその過程で自主的に漢民族に同化しました。そしてそもそも漢民族満洲族の支配階級を受け入れていたのは、モンゴル帝国が後に元王朝になってモンゴル人の支配階級が漢民族と婚姻関係を結ぶようになった結果、モンゴル人と漢民族という二つの異なるのアイデンティティーを持った次世代以降が自分の祖先を辿った時に、言語学や考古学、倫理学や宗教学といった人文科学に優れた漢民族というアイデンティティーを優先的に選ぶことで自主的に漢民族に同化したのと同様の同化政策の一環だったことに気付いたハザールマフィアが、西欧のイデオロギー的な紐付きのテクノロジーと資本によって強化され、尚且つ帝国主義であった大日本帝国第二次世界大戦で中国への侵略を成功させると、モンゴル帝国が暴れ回って領地を拡大した時以上の勢いで領土を広げ、それを自分の手を汚す事なく漢民族が同化するという構図を繰り返させたくなかったので負けさせたという解釈が出来るんですね。中国人であるうちの父も言っていたのですが「あの時日本の中国に対する侵略が成功してても、長い目で見れば問題なかった。何故ならかつてのモンゴル人や満洲族といった支配階級の少数民族がそうであったように、日本人はそのうち人文科学に優れる中国人に同化してたから。」とのことです。

 

中国の人文科学を通した同化政策に関しては僕の以前書いた「そもそも金石書画とは何か」の記事が参考になると思います。

 

himagine.art.blog

 

僕は物心ついた頃からバブル崩壊後の日本で育っているので日本人の気持ちがよく分かるのですが、日本人は失われた30年を経験しながらも日清戦争日露戦争の頃の勝利や、現人神とされていた頃の天皇のイメージや、戦後復興からのバブル経済の経験から、日本はやはり特別な国だと心のどこかで信じながら生活してきた節があると思うんですよね。しかし日清戦争日露戦争天皇の神格化も、易姓革命という概念を持つ儒教という学問を潰したかったハザールマフィアが、日本を中国に対する都合の良い前線基地としてイデオロギー的な紐付きのテクノロジーや資本をガンガン投資していたから日本が強国だった幻想が残っているだけで、中国を他国を通じて間接支配しても、逆に下から浸透されて少数民族の支配階級が自主的に漢民族に同化されてしまうという事実をハザールマフィアが知ってからは、日本は「失敗したプロジェクト」と見做されてハザールマフィアを中心とした西欧の血族エリートから投資されなくなった上に、今度は逆に日本の宗主国であるアメリカを通してハザールマフィアに上納金まで納めさせられる事で、失われた30年を経験しているのが実態なのかなと僕としては冷静に考えております。でも戦後復興を成功させた所などを見ると結構実力もあったのかなとも思えますが、それもやはり今度は浸透や間接支配などではなく軍事的に数の多い漢民族の治める中国を実効支配する目的で米国による朝鮮戦争が始まったことによる、1948年に始まった戦争特需など外部の理由で戦後復興に成功し尚且つ多分戦後復興で稼ごうとしていた海外資本に投資してもらって海外の投資家に稼がせ、またバブル崩壊で安くなったところを買い叩かれている結果を見ると、日本人は真面目で働き者だけど騙されやすい、要するに外から見て利用しやすい気質がある一方で「日本人はあくまで利用されたのではなく元々能力が高かった」と巧妙に論点をずらして自国民族の優位性を信じているところは間違いないと思います。このパターンが危ういのは「外部の資本に利用された」という教訓を歴史から検閲しているので、恐らくまた繰り返すのだろうな、という事です。とか何とか出来るだけ冷静に言いつつも、僕も心の奥底では「やっぱり日本人は特別なのではないか?」と思いたい部分もあり、そこがまさに付け入られる隙となっているように思います。

 

因みにハザールマフィアの必殺技である「欺瞞」は一度見抜かれると「こんなに大きな嘘を吐いていたってことは、あれやこれも嘘なのでは?」と一気に形勢がひっくり返る現象が起きる一方で、中国の儒教における革命というのは本来格上である相手を絡め手を通して何とか実力で下す学問、つまり何とか実力が上の相手に対してまずは膠着に持っていって、そこからの展開が豊富な学問である事から、ハザールマフィアが1ラウンドKOで中国を下しきれず、ギリギリ膠着に持ち込んだ時点で長い目で見て中国の勝利がほぼ確定している状態だという認識を僕はしており、悪徳と欺瞞で繁栄していたエリート達の所為で、今まで「美徳が大事」という儒教の教えが「世の中見れば分かるけど、美徳より悪徳の方が重要だから、そんなの建前でしょう?」という反論をされて相手にされないという「悪徳の時代」だったのが、悪徳エリートが権力闘争に敗れた際に人道に対する犯罪を行なっているという事実から、追い落とす側である儒教を修めた中国側は当然彼らの出口戦略を成功させない=悪徳エリートの処刑確定であって、つまり「人道に対する犯罪を行うと出口戦略が危うくなるという実際の教訓を全人類が共有する事で、美徳が大事であるという儒教が建前抜きで世界的に通用する学問として遂に完成する」という予想から、以前のブログ投稿で「これからは悪徳の時代ではなく美徳の時代になり、僕が社会的地位を高める為に態々こちらから既存の悪徳エリートに合わせて偽悪的な演出をしなくても、世の中の方が僕の修めている学問に徐々に追いついてくる為に、これからは美徳をアピールするような演出をしても危険や不公平を感じることのない良い時代になる」というようなコメントを書いた次第です。

 

とは言っても中国が一切悪い事をやっていないかというと、それも違って鄧小平の改革開放時代に西欧の資本とテクノロジーを手に入れる為に、可能な限りイデオロギー的な浸透を防ぎながら、経済や科学を発展させてきたのだと思います。そして恐らく中国の中でも経済発展著しかった上海の江沢民の派閥あたりがハザールマフィアのイデオロギー汚染が強くて色々と悪いことをやっていたのを、今回習近平がしょっ引いたのではないかと思います。中国の財政界のエリートに道徳的に妥協させて彼らの出口戦略を危うくする事で、中国国内のエリートの間でも「儒家は危険だ」という共通認識が共有されてハザールマフィアの中国国内における手駒が増えますからね。つまり基本的にハザールマフィアがテクノロジーや資本という飴を投資する時にはイデオロギー汚染というか、道徳的妥協という悪魔の取引がセットになっていると考えて良いと思います。なので最初に日本が浸透された代わりに発展して、次に韓国が浸透された代わりに発展して、中国は戦術的な不利をどうしようもなくなって、苦渋の決断で改革開放したのだと思います。北朝鮮は地理的にもポテンシャル的にも韓国以上に発展してもおかしくなさそうですが、イデオロギー的な浸透を許さなかった代わりに制裁されて発展しなかったということですね。なので国民の頑張りイコール国の発展という単純な構図でもないようです。カダフィのように正しいことをやって欧米の汚職エリートに粛清される事もありますからね。儒教についての造詣が深い韓国の政治に関してですが、韓国は大統領が辞める度に捕まったり死んだりしていますよね?あれはカザールマフィアにイデオロギー汚染されて汚職をやっているトップが交代する時に「どうやったら汚職をやりつつ出口戦略を成功出来るか?」というテーマの実験を、捕まえる方の検察にも忖度なしのガチで捜査させつつ、逃げようとする方も必死にやらせる事で無理やり出口戦略を見出そうと試行錯誤しているのだと思います。

 

中国やロシアがカザールマフィアに対する大きな脅威になっているという事実は、ロスチャイルドやソロスなどの新世界秩序を推し進めるグローバリストが口を揃えて「今最も脅威なのはプーチンで、それにかなり近い次点で習近平だ」と公言している事からも分かります。ロシアがカザールマフィアにとって一番の脅威なのは、ロシアが一度カザール帝国を追い払い、その復讐でボルシェビキ革命の時にロマノフ王朝をほぼ皆殺しにされた仕返しを今になって遂に成就しようとしているという、表の歴史では語られない長年の確執があるからですね。そのロシアが今、アヘン戦争の時に中国がこっ酷くやられた共通の敵と戦う為に協力関係を結んでいる訳です。

 

因みにハザールマフィアのこの世界レベルの欺瞞の源泉となった、バビロニアン・タルムードですが、遡るとバビロニアのあったメソポタミア文明とかシュメール人とかアヌンナキと呼ばれる天から来た神々とかそういうパワーワードが出てきて地球外生命体からの技術感が半端ないんですよね。アジアだけではなくて全世界が完全に騙される寸前まで行きましたからね。この辺は後々スピリチュアル界隈でまことしやかに話されている内容と絡めてブログネタにしていこうと思います。

 

儒教といった古典とされる学問を修めていると分かるのですが、義務教育は言わずもがな一流とされるアメリカの美大で僕が実際に受けた高等教育と比較しても、古典の方がよっぽど高度な学問として完成されていて、現代人は意図的に劣化させられた愚民教育を受けているというか、古典を学べば学ぶほど、たぶんこれらの古典が由来した筈の現代よりも科学技術その他学問が高度に発展した「超古代文明とか外側の世界」というのが本当に存在するのだろうな、と突拍子もない事を最近は割と真剣に考えております。HUNTER×HUNTER暗黒大陸編ではないですが、古典やスピリチュアル、考古学や隠された歴史の話をまとめると、どうしても「これって要するにそういう事だよね?」という話になってきてしまうのです。「事実は小説よりも奇なり」というのは本当です。

 

楽しいネタを語る前に来週のブログは具体的に僕が悪者扱いしている西洋のエリートがどういう「人道に対する犯罪」を犯して、どのようにそれを自分の利益に繋げているのか、過去のブログの情報も参照しつつ説明しようと思います。ある程度歳がいっていて自分で情報を調べる癖がついてる人は僕がなんのことを話そうとしているか分かっていると思いますが、自分で積極的に情報の真偽について調べる癖がない、つまりテレビで情報収集している人は欧米のエリートは正義の味方だと思っている人が多い筈なので、そういう人はちょっと今回の話について来れないと思いますからね。一応言っておくと世界のメディアの9割はたった6社の親会社に所有されていると言われています。その6社の全てがいわゆるハザールマフィアに所有されていて、それらのメディアに原稿を提供しているのがロイターと共同通信の2社で、両方ともロスチャイルドに所有されていると言われており、ロスチャイルドもハザールマフィアなので、要するに主流メディアでは彼らに都合の悪い情報を積極的に検閲しているので、自分で調べないと西洋のエリートがどれだけ邪悪なのか理解出来ない構図になっております。

 

今週のブログでは日本人がかなり嫌がりそうな情報を書きましたが、来週のブログを読んだら少しずつ今週の内容が消化出来るようになってくると思います。

オナ禁524日目

二尺×四尺の墨彩画の桃

今週も銭湯帰りのスタバからブログ投稿しております。今日は良い日光浴日和でサウナも疲れるまで入れて大満足の休日です。今週の制作は上にアップロードした墨彩画の桃となっており、結果としては今年の花鳥図の集大成として大満足しております。筋トレの方はグリップワークがしばらく記録更新出来てないので、少しノルマの基準を下げて、出来る範囲で少しずつ上げていって再び記録に挑戦するアプローチを取ろうと思っています。グリップワーク以外のトレーニングは順調でした。

 

今週のプリズナートレーニングに有酸素、瞑想の結果は以下の通りです。

 

月曜日: step10ワンアームプッシュアップ 左右11回3セット 左右10回2セット step8ハーフワンアームプルアップ(ネガティブ) 左右8回5セット 散歩2km 縄跳び3570回 瞑想5分5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。

 

火曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回5セット step4アンイーブンハング左右55秒5セット 散歩2km 縄跳び3580回 瞑想5分10秒5セット この日のトレーニングもグリップワークの記録更新ならずでした。大体1セット目の調子で記録更新出来るか否か分かるので「今日は更新出来そうにない」というのが分かると、次回以降余裕を持って良いコンディションで記録に挑めるように、限界まで追い込まずに全力の70~80%程度に抑えて流す感じでやってます。

 

水曜日: step10ワンレッグスクワット左右43回2セット 左右14回1セット Vレイズ14回3セット 13回2セット 散歩2km 縄跳び3590回 瞑想5分20秒5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。高回数片足スクワットは相変わらずひたすらキツいですが、50回2セットをマックスに設定しているので、そこに達したら一応現在のトレーニング環境では近所に都合よく心臓破りの階段とかは無いので、そのレベルを維持してゆく予定です。

 

木曜日: 散歩2km 瞑想5分30秒5セット

 

金曜日: step9クロージングブリッヂ2回5セット(ウォーミングアップ) step10スタンドトゥスタンドブリッヂ 8回5セット 左肩のリハビリ:ディップス 21回5セット 散歩2km 縄跳び3600回 瞑想5分40秒5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。

 

土曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回5セット step4アンイーブンハング左右45秒5セット 散歩2km 縄跳び3610回 瞑想5分50秒5セット この日もグリップワークの最高記録を更新出来なかったので、一度ノルマを余裕のある低いレベルに設定して、再びノルマを少しずつ上げてゆく方針にしました。

 

日曜日(今日): 散歩8km 縄跳び3620回

 


90/90ストレッチをiPadを見ながら頻繁に行うことで、翌日の朝に疲労が残って眠くて起きれなくなり、一日の始めに絵を描く前の2~3時間の朝の生産的なルーティンがこなせなくなってきました。そして今週書くブログネタは自分の中で決まっていたのですが、言語化が難しいということで、木曜日になるまで文章を推敲し始める事が出来なかったので、今週のブログはいつもより短くなるかも知れません。また例年は年末に近づいて、一年も残り1ヶ月~1ヶ月半にもなると制作の方も構図や配色などのデザインの引き出しが少なくなって、精神的に煮詰まってしまうのですが、今年は一年も残り2週間というところでやっと少し精神的にキツくなってきたので、去年と比較して精神的なスタミナが付いてきているのは間違いないと思います。僕は昔だったら普段はとても怠惰に過ごす一方で、追い詰められると必ずホームランが出て挽回するタイプ(なんでそうなるかは今でも分かりませんが)だったのですが、最近は常に高い成績で安定しているアベレージヒッター型になってきて、追い詰められること自体が減ってきました。僕の両親は昔の僕を見ているとヒヤヒヤしていたのか、とにかく「もっと頑張れ」とか口煩く言ってきたのですが、僕は僕のやり方で理屈は分からないのですがいつも帳尻合わせに成功するタイプだったので「僕には僕のやり方があるから、口を出さないでくれる?」と突っぱねるのが日常だったのですが、最近は安定感が出てきたので見ている方も安心して見ていられるようになってきたのか、僕の両親もあまり口を出さなくなってきました。

 

前回のブログではメタ戦略の更にメタ戦略を取る人々が、必ずしも現在の社会的地位が高くないことや、こういう洗練された戦略を取る人々は社会の底辺層に紛れつつも周囲に理解されない為に、身分を偽って学問を修め続ける傾向があることを書きましたが、こういった状況が正に春秋戦国時代から認識されていた「隠逸」と呼ばれる存在の普段の実態なのだと思います。

 

昔の隠逸はいつか自分が仕えるに値する徳の高い君子に出会うことを夢想して学問を修めていたといいますが、自分が実際に古典的な隠逸のような生活をしてゆく上で、今の自分にもこういった構図の出来上がる必然性や、徳の高い君子というのは具体的に一体どのような人物像かというのが分かるようになってきました。

 

まず殆どの内向的な人にとって何らかのアイデアを周囲とコミュニケーションする上で意外と躓きやすいのが、演出面の弱さです。というのも殆どの人間は「何を」言っているか、表現しているかの内容を論理的に理解して正しさを判断しているのではなく、「誰が」どういう声や姿勢、髪型やファッションで、どんな権威や肩書きに基づいて発言しているかで物事の正しさを判断しているからです。

 

また世界は三つ巴の戦いで成り立っている為に、最初から天下を獲ろうとして、自分の身の回りで抜きん出た人の取っている戦略を逆手にとった戦略を更に逆手にとって…という風に、メタりまくって洗練され過ぎた戦略を取っている者は「お前サバンナでも同じこと言えんの?」という逆メタを取るモブにボロ負けしてしまう事態が発生します。また、こういう逆メタを取るモブは世の中の発展とか全く関係なく「今だけ、金だけ、自分だけ」という短絡的な思考をしている者が多いために「自分がアルファ雄の地位を陥落してより高度な戦略を取る者に地位を譲ることで、世の中全体がより効率良く動くとしても、俺が頂点として利益を享受し続けられる世界であれば他の人の不便とか関係なく、そもそも世の中の効率が今より良くなる必要はないよね?」という自己中な奴が実力行使で長いこと頂点に君臨しようとする事が予想されるが為に、それを下せる可能性のある非常に洗練された戦略を取る者は、自分よりかなり劣った戦略を採用した暴君に魔女狩りされる時代が長く続きます。

 

隠逸は自分のアイデアや言い分が論理的に正しくても、言い方やファッションといった演出面が弱いと、小人には理解されない事を認識するので、しばらくはそういった戦術的な演出面を磨きますが、究極的には小人に自分の言い分を理解させるには権威や肩書きといった戦略的な演出が必要となってくるという結論に達します。しかし隠逸は儒教を修めているので、社会的に成功する前に出口戦略を考えた結果、汚職の蔓延る社会で金を稼ぐのは積極的に汚職に加担するような行為であって、仮に高い社会的地位が手に入っても、汚職が度を越すことで民衆の不満が爆発し、そこで革命が起きたらその時の社会的立場の高さに正比例する形で出口戦略が危うくなるので、なかなか社交や出世などと縁が無いまま学問を修める日々が続きます。

 

そこで糸口になってくるのが「君子」の存在となります。君子は非常に洗練された戦略を採用している隠逸と「お前それサバンナでも同じこと言えんの?」という逆メタ戦略を採用しているモブの架け橋となる存在です。というのも君子は「お前それサバンナでも同じこと言えんの?」というモブを実力行使で黙らせる事が出来る戦略を取りつつも、隠逸の洗練された戦略の論理的正しさを理解出来る存在だからです。ジャンケンで例えるなら「お前それサバンナでも同じこと言えんの?」という戦略を採用したモブが「グー」なら、君子は「パー」で、隠逸は「チョキ」と言えます。チョキ(隠逸)はグー(モブ)と直接対決すると負けますが、間にパー(君子)を挟むと、「グーに勝ったパーに勝ったチョキ」という流れが出来上がり、パー(君子)のおかげでチョキ(隠逸)の洗練された戦略が初めて活きてくるのです。

 

また君子は徳が高くなくてはならないというのは、これは金銭的に成功していればいるほど良いという単純な構図ではなく、例えばタブーなどを積極的に犯すことで大成功している人などは「出口戦略を成功させる為にはそもそも勝ち方が大切になってくるので、タブーを犯してはならない」と語る隠逸の話は耳が痛くて、その諫言に耳を傾けることが出来ないからです。なので隠逸にとっては「『お前それサバンナでも同じこと言えんの?』という戦略を採用しているモブにマウントを取れる程度には社会的に成功しており、尚且つ悪いことをせずに勝ち方に拘ることで出口戦略的に正しいことを行っているので、隠逸の言うことに耳を傾けることに何の支障もないような徳の高い君子」が必要となってくる構図になっている訳です。

 

また僕も色々と試行錯誤して人々を啓蒙しようとする過程で導き出した結論の一つに、自分がある程度上手くいった状況を再現して、再現性のある教育を後続に施すことはあまり現実的ではない、というものがあります。というのも歴史を学べば理解出来るのですが、本当に後続に再現性の高い教育を施すことに成功し、仕事の引き継ぎを毎回完璧に行う事が可能であれば、栄枯盛衰や盛者必衰といったアイデアは真理とはならないからです。

 

そういった意味でも学校教育というのは本質的には個性を伸ばす教育というよりは教化、要するに従順な労働者を作り上げるためのマインドコントロールに近いものがあると思います。それも本来の自律的思考を保ちながら育てば、誰もが持つであろう無限の可能性を摘む為の教育になっているように思います。こういった事実は大人の事情というか、奴隷としての生産性の高さは必要だけど、上司の方針に疑問を持つほど優秀になられては困るといった教育者の態度にも見て取る事が出来ます。

 

栄枯盛衰や盛者必衰というアイデアは教育の究極的な無力さを表す真理といえますが、これは個人の持つ可能性を示唆する真理でもあります。何故なら栄枯盛衰というのは特定の人々の子孫を勝たせようとして教育で下駄を履かせ、役職を持たせて箔をつけても没落する者がいる一方で、他人の家の子供が勝たないように債務奴隷にしたり叩いたり嫌がらせをしても勝ってしまうケースがあるという意味であって、それは子供の自律的思考を摘まない教育さえすれば、最終的に皆があるべき地位に落ち着くという事実を示唆しており、要するに誰かの子孫を本来あるべきではない地位に就けたいなどといった権力者のエゴさえ克服すれば、人々が既存の戦略のメタの更にメタ戦略を取り続けるなどする事で世の中はどんどん高度に発達してゆくという可能性を示唆しているからです。

 

また啓蒙や教育の難しさを理解している人なら分かることですが、人々はそれぞれ特有の経験と、それに基づいた自律的思考の結果として得られた、薄っぺらい教育などではなかなか変えられない戦略というものを採用しており、教育の達成度に基づいてというよりは、自律的思考を邪魔しなかった結果として自然発生してくる人材を、三つ巴の戦い理論で洗練され過ぎた戦略を採用しているが故に、逆に野蛮な戦いに弱い者を君子や隠逸という人材に収まる人々が監督する事であるべき役職に就かせる事で、現在の画一的で悪意のある教育などに無駄な金を消耗せずに世の中がスムーズに回ってゆく仕組みにするべきだと思います。

 

また今週は以下のリンク先の情報からも見て取れるのですが、世の中の情報開示に於ける展開が遅れているのは世直ししている側の、一部の上層部の人々のエゴの所為という戒めのようなキツ目の表現が使われるようになってきており、善意を持つ人の中でもエゴを捨てきれない内部の人々の淘汰も始まって、一般への情報開示も勢いをつけて次の段階へ移行していきそうな雲行きです。かなりスピリチュアルなメタファーを使った文脈で書かれているので、そういうのが苦手な人は要注意です。

 

ameblo.jp

 

最近はイーロン・マスクTwitterで暴れていますね。Twitter Fileという暴露系のスレッドも第5弾目まで出ており、その内容は第1弾が「Twitter内部では民主党支持層の力が圧倒的に強く、バイデン大統領の息子の汚職を隠していた」というもので、第2弾は「Twitterが特定のユーザーや投稿を検索結果から非表示にする『シャドウバン』を行っている実態」についての暴露でした。第3弾は「トランプが利用規約に違反していないのをTwitter幹部達も把握しておきながら、FBIやDNI(諜報機関)、DHS(国土安全保障省)と密に連絡を取り合ってトランプアカウントの排除を行った」という内容でした。そして第4弾で「議事堂襲撃事件の翌日に言論統制をした経緯など」を暴露し、第5弾で「議事堂襲撃事件後、1月8日にトランプのTwitterアカウントを実際に排除した際の裏側」について暴露しております。昨日出た第6弾は「FBIが検閲して欲しいアカウントを指定するとTwitterの倫理チームが『適当な理由をつけて』垢BANしていたという、TwitterがまるでFBIの支部のように働いていた」という事が暴露されました。

 

詳しくは下のリンク先のQリプトラベラーさんのnoteに書いてあります。

 

note.com

 

主流メディアの報道の裏ではここ2年ほど大きな動きがありましたが、最近やっと大手メディアの一つであるTwitterでこのような以前は「陰謀論」と言われてきたような情報の裏が取れるようになってきており、一般人相手に信頼できる情報のソース付きでコロナ以降、制作や筋トレと並行して毎日少なくとも5~6時間はかけて情報収集してきたことについて「陰謀論者」と揶揄されずに語れる時が順調に近づいてきているな、という感じです。これでブログネタには困らなくなってきて、最近徐々に顕在化してきたオリジナルネタが尽きてきた問題も解決の方向に向かいますね。

 

あと最近中国人である父の目線からの日本人の印象について話したのですが、結構的を得ている部分があったのでシェアしようと思います。中国人である父にとって、日本人に関して印象的な性質というのは、日本では自分の政敵などが生前かなりの汚職をしていたとしても、死んでしまったら「仏様になったから」とその人の非をそれ以上追求しなくなるというものです。というのも中国では自分の政敵が破滅すると、その人の行った不徳をその人の破滅と絡めて教訓にして、同じ間違いを繰り返さないように次世代を教育する文化があるからです。

 

僕はこういった育ち方というか文化の中で育った日本人というのは人の下にいる間は大人しく従順に育つのですが、人の上に立つと閉じたコミュニティーの中で傍若無人に振る舞うようになる危険な教育方法であって、海外の人が地位の高い日本人を見た時に、かなり印象が悪いだろうなと思う事が多々あります。

 

そもそも日本が教訓を残さずに積極的に同じ間違いを繰り返すような構造にしようとするのは、既得権益層が自分の一族の地位の次世代への移譲を、その正当性は度外視して可能な限り再現性を持たせて歴史を繰り返せるように歴史の教訓的な部分を意図的に検閲して、そうやって維持した権力に基づいてパワハラやセクハラを下の人に行い、若い時に下にいた被害者達は言うことを聞けば自分が年長者になった時に、より従順であった者から順番に、今度は加害者の側となって美味しい思いが出来るというカルトのような構造になっているように思います。

 

例えばこの時に若い時に自分がやられて嫌だったことを、それらは悪い慣習だったと教訓として残すことで下の代が同じ間違いを繰り返さない構造にすると、自分は虐待されたにも関わらず虐待する側になった時に、自分が一方的に虐待出来る被害者になる者が居なくなってしまうという理不尽を経験するので、例えその教訓を残すことで世の中が改善されても、自分が加害者になる番になって利益が享受出来ないのであれば、世の中が良くなろうが関係ないという立場を消極的ながら表明しているのと同様であると言えます。

 

これは体育会系の部活などでもある慣習だと思うのですが、まず一年生の時には上級生に顎で使われ、その時はそれが嫌だったのに、自分がいつかは上級生になって新入生を顎で使える番がその内に来るという理由で大人しく従っている側面がありますよね?そして上級生になってやっと下級生を顎で使える番が来たら、自分がされて嫌だった慣習は自分の代が我慢することで、それを悪い教訓として残して次の代から繰り返さないように出来る人が日本にどのくらい居るかという話になります。

 

日本ではいじめ問題が長いこと社会問題となっていますが、これは大人社会の構造の延長であると言えます。体育会系の部活の例と同様に、日本ではサラリーマンになりたての人は教養のない上司の理不尽なパワハラ・セクハラ・下ネタに耐える事になります。というのも、自分がその歳になれば同様に傍若無人に振る舞えるという暗黙の了解があるからです。なので少なくとも中堅になるまではそういった理不尽に耐えながら勤め上げますが、水が常に低い方へ流れるのと同様に、職場でのストレスの吐口は家庭での立場の低い者へ向かいます。父親がサラリーマンで母親が専業主婦なら、父親は母親にキツく当たり、そして母親は子供にキツく当たります。家庭内で自分より弱い兄弟など強く当たれる人がいない場合はそのストレスは学校に持ち込まれて、自分より立場の低い同級生への悪意となって現れていわゆる「いじめ問題」に発展します。

 

日本のいじめ問題は大人社会の「自分が上の立場になった時に美味しい思いが出来なくなるのは嫌だから、上司の汚職を悪い教訓にとして残したくない」が為に、意図的に同じ間違いを繰り返したいという構造の延長であると言えますが、日本には「恥の文化」や「臭い物に蓋をする文化」があるので「いつか自分の番が来た時のために上司の汚職を悪い教訓として残したくない」という、そもそも解決の方向に繋がってしまう恐れのある核心を突く形で話題として取り上げるのを防ぎたいという自分の低俗なスケベ根性を隠しながら「子供が何故イジメをしてしまうのか?」という非常に低レベルな議論を繰り返しています。

 

そしてこういった構図を自分で解決出来ない日本人を海外から見た時に「日本人に権力を持たせるのは危うい」という見られ方をされてしまうという問題に日本人は気付きません。何故なら日本人は自分が若い頃搾取されたという事実から、権力を持った暁には傍若無人に振る舞っても良いという免罪符を得たと思い込む傾向があるが故に、下の者に理不尽な要求をしますが、海外は必ずしも日本と同様の構造をしておらず、そういう待遇で扱ったら外国人の部下は到底追いて来られないからです。

 

またこの虐待的な育てられ方をした者が、自分の子供を虐待的に扱ってしまうという負の連鎖を自分の代で断つ能力というのは、子供の自律的思考を摘み取ってしまわないのに重要となってくる親としての資質と言えます。子供の自律的思考を最大限に発揮させるようデザインされたモンテッソーリ教育というのがありますが、そのコンセプトは「子どもたちは生まれながらにして知ることを強く求めているもので、思慮深く用意された支援的な学習環境の中であれば、自発的に学び始める力を持っていると捉える。」というもので、幼児には先天的な発育経路があって、その発達モデルに則って準備された教育を行うというものになっています。またこれも僕の好きなスピリチュアルな話になってしまうのですが、スピリチュアル界隈では一族の抱えるカルマを赦しを以ってリセットするのは結構重要とされています。

 

支援的な環境であれば自然と自律的思考が発達するということは、翻すと支援的ではない虐待的で教化的な環境であれば自律的思考は発達せず、また人に何かを教えようと試行錯誤した経験のある人なら分かることですが、教わった生徒が実際にテストを受ける時には教師は生徒の答案に干渉出来ないために、自律的思考を尊重しない一方的で教化的な現代の詰め込み教育で増えるのは、自分の考えを持たないゾンビだけとなってしまう問題が残ります。

 

日本のことを客観的に見られる人は同意してくれると思うのですが、最近顕在化してきた自民党統一教会の関係や、公明党創価学会の関係、また天皇制のおかしさと反比例するような日本人の天皇信者の多さを考えると、多くの日本人は本来の国民性というか、その考え方が隠然としたカルト的な方向に行ってしまう素養が非常に高いように思います。以前のブログ投稿で書いた「狂信者であるという自覚のない狂信者」というメタ認知の低さによって生まれる構図から、自覚のある場合よりも問題がより深刻であることが見て取れます。

 

ちょっと前までマスク半強制にPCR検査していたのは世界中で中国の日本の2カ国だけでしたが、今は独裁国家と日本に揶揄される中国が国民の反感を買ってコロナ規制緩和した一方で、民主主義国家である事に誇りを持つ日本は米国に次ぐ世界二位のコロナ対策費を使い、国民は自主的にマスク着用率もワクチン接種率も世界一にしているにも関わらず新規コロナ感染数10週連続世界一とか「マスクとワクチンって意味無くない?」とか「むしろワクチンが問題なのでは?」とか「独裁国家である中国でさえ通用しない悪政が罷り通る自称民主主義国家とか、どこの洗脳ディストピア国家だよ?」とそろそろ国民が政府に対して疑問を持っても良い頃だと思いませんか?

 

www.sankei.com

 

ちなみに僕は日本で育っているお陰で、身内の悪いところが特に目につくので日本について結構キツイことを書いていますが、もし中国で育っていたらやはり「中国人は云々」と、やはり身内としてキツイ批評をしていたと思います。うちの家庭の方針なのか良く分からないのですが、うちの両親は昔から身内に厳しく人に優しい方針なんですよね。父なんかは周囲には好好爺として知られていますが、僕は物心ついた頃から36歳現在まで叱られてばかりで比喩とかじゃ無くて人生で一度も褒められたことが無いですからね。

 

オナ禁517日目

 

三尺の墨彩画の桃

今週も銭湯帰りのスタバからブログ投稿しております。今朝は曇りでしたがお昼過ぎには晴れたので、露天風呂のエリアの横になれるスペースで少し日光浴出来ました。今週の平日は2~3日午前中晴れの日があったので、その時にも部屋で日光浴をしていました。ちなみに行きつけの銭湯の高温サウナがここ2ヶ月ほど壊れていて低温の方の小さなサウナでは体が芯まで暖まらず、最近は不完全燃焼気味だったのですが、今月の8日にやっと改修工事が終わり、内装は全て取り替えて新品になっていて、今の高温サウナは木の香りはするしかなり高温になるし、定期的に強風が出てくるダクトがあって体感温度がかなり上がるので、人の入れ替わりも激しく常にスペース的にも余裕があるなど、ゆったり入れるので大満足しています。今週の制作は三尺の桃の墨彩画を描きました。最近の作品ではインスタでの反応が一番良かったです。やはり色を使うと何を描いているのか一発で分かるので、墨の濃淡や線の渇潤で全て表現しなくてはならない水墨画と比較すると、色を使っても良い墨彩画はかなり簡単のように感じられます。

 

筋トレの方はグリップワークの方が、片手懸垂の練習で強化されていた握力の貯金がなくなってきて、現在のトレーニング強度の限界に近づく事で進歩がペースダウンしてきました。そもそも僕の中では握力が一番調子の良い時と悪い時の差が激しいので、握力の調子が悪い日は悪い日なりに記録を伸ばすことを拘らずにトレーニングするなど、気長に定期的にトレーニングしていかないとなかなか強化されないな、という感じがしています。

 

今週のプリズナートレーニングや有酸素運動、瞑想の結果は以下の通りになっております。

 

月曜日: step10ワンアームプッシュアップ 左右11回2セット 左右10回3セット step8ハーフワンアームプルアップ(ネガティブ) 左右8回3セット 左右7回2セット 散歩 縄跳び3510回 瞑想4分5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。

 

火曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回5セット step4アンイーブンハング左右55秒5セット 散歩2km 縄跳び3520回 瞑想4分10秒5セット この日のトレーニングは普段から片手懸垂の準備運動をしていたので握力に余裕があり、暫く順調に伸びていたので忘れていましたが、僕の場合は握力が一番その日によって筋力のバラつきが大きいんですよね。今日は既に限界に近かったのと調子が悪い日が重なったようで一回もグリップワークのノルマ達成出来ませんでした。握力に関しては地道にやっていこうと思います。

 

水曜日: step10ワンレッグスクワット左右42回2セット 左右16回1セット Vレイズ14回2セット 13回3セット 散歩2km 縄跳び3530回 瞑想4分20秒5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。

 

木曜日: 瞑想4分30秒5セット

 

金曜日: step9クロージングブリッヂ2回5セット(ウォーミングアップ) step10スタンドトゥスタンドブリッヂ 8回3セット 7回2セット 左肩のリハビリ:ディップス 20回5セット 散歩2km 縄跳び3540回 瞑想4分40秒5セット この日のトレーニングは順調に達成出来ました。ディップスをやる時にはボトムポジションでゆっくり十分にストレッチするのですが、その時に左肩に僅かですが痛みがありました。しばらくこれで様子見です。

 

土曜日: step2インクラインフィンガーチッププッシュアップ5回4セット step4アンイーブンハング左右55秒4セット 散歩2km 縄跳び3550回 瞑想4分50秒5セット この日のトレーニングも握力の調子が悪く、記録を更新出来ませんでした。夕食は友人と出かけたので1セット分お休みしました。

 

日曜日(今日): 散歩2km 縄跳び3560回

 

最近いよいよ本当に書くネタが無くなってきました。

 

オナ禁と筋トレと制作の報告が中心のはずが、いつの間にか毎週日曜日の締め切り前にブログネタ集めに奔走しているという本末転倒の生活になっています。しかしブログネタ集めや書く内容を企画するなど、頑張って頭を使いながら、生産的な日々を送ろうとするモチベーションになっているのも事実なので、人に見られるコンテンツを作ろうという姿勢は人生に於いて結構大事なのかなとも思います。

 

なにより僕の情報収集しているコミュニティーの情報発信者達も世の中の為、人の為を思って頑張って知恵を絞り出しているので、僕も彼らに習って更に頑張って情報を仕入れて、それにインスパイアされた有用な解釈を捻り出していこうと思います。

 

ちなみに困った時は「ブログネタがなくて困っている」という正直な気持ちを書く事で「制作の裏側」的な一つメタった視点のブログネタで一本書けるな?という常にブログネタを探している側としては美味しい展開というか、取り敢えずネタに困った時は一つメタった視点から見ると活路が見出せると言う教訓を見出してしまいました。皆さんもネタに困った時には「困ったなぁ、という正直な状況を見せる」ネタを展開すると活路が開けるかもしれません。そしてどんどん身も蓋もない赤裸々な話になって行くという流れになるのですね。

 

あと「ネタ探し」という視点から情報収集すると、そうでない場合と比較した時に、限られた時間の中で出来る限り情報を生きた形で消化して応用してやろうという姿勢で文章を要領良く読むようになるので、結局周りに提供する為の有益な情報を仕入れてこようというサービス精神が自習の効率を上げているのは間違いないと思います。こういう追い詰められた時のトリックを、自らを追い詰める事で発見するタイプの人は強いと言うか、自分で言うのもアレですが伸び代があると思います。なので実際にはテクニックとして客観的に理解出来るように昇華され、文章化された成果物だけ欲しい!という人の方が多いと思いますが、一度自分を信じて追い詰めてみて、生きた経験を積むのもおススメです。

 

既存の異世界ファンタジーを上手くメタった「異世界おじさん」という作品について。

 

異世界おじさんは異世界ファンタジーテンプレとして蓄積された王道ネタのフラグを立ててから、視聴者をワクワクさせておいてからのフラグクラッシャーという、これまたお約束を繰り返すことで、過去のなろう小説コミュニティーの成果の蓄積を活かしつつ、独特の世界観を作り上げている良い例ですね。またこの作品のもう一つの他の異世界ファンタジーをメタっている側面というのが「既に異世界に行って帰ってきている」と言う点ですよね。これをする事で普通なら時系列に沿ってストーリーを展開しなくてはならない所を、思いついたストーリーを思いついた順で出せるという制作の都合上のメリットもあるんですよね。

 

やはりこういう人の表現をメタるというのは、例えばコミケのような人の集まるところで、アウトプットのスピードがどうしてもインプットのスピードを上回る表現の世界で、尚且つ締切が存在する漫画というジャンルで追い詰められることが多い同人作家達が周囲のライバル達を出し抜ける新境地を切り開かなければならない中で、既に存在する蓄積されたテンプレに対して、視点だけ少しメタることで、既にある資源を再解釈しつつ、そうすることで暫くは創作の時間に余裕が生まれ、それでもネタに困る中でさらにリアルタイムで同じクリエイター達が新しい表現を開拓してゆき、そういった他人の表現をメタったものを、さらに他の人が逆手に取ってという、文化の中心で切磋琢磨していかないと分からない内輪ネタのようなものがあり、ある程度自分の作風が出来上がって、そういったお金の絡んでこないアマチュアの文化の中心から出て行って、プロとして外部の人にその内輪ネタを披露しても、それは実際の世界で繰り広げられ、積み上げられてきたドラマなので単なる一次創作よりも更に巧妙に出来ており、外部の人でもなんとなくそのネタの巧妙さや面白さが分かるというような、業界人の話はその業界を知らない人にとっても面白いし、興味深い話になっているというのと同様の構図が見えてきます。コミケ文化はある意味日本を中心とした「中華思想」と言えますね。

 

下のリンク先の作品はコミケの文化に詳しくない僕が読んでみて面白いと思ったコミケをネタにした漫画です。

 

 

何故突然漫画やアニメについて語ったかと言うと、僕も絵を描く仕事をしながらブログネタをまとめて情報を毎週日曜日を締め切りにして、継続可能な範囲で出来るだけ面白い内容にクオリティーをコントロールしながら発信していると徐々に週刊漫画家のような気持ちになってくるんですよね。僕も最近は自分のオリジナルネタが枯渇してきたのですが、その一方で僕の情報収集しているコミュニティーの人々が、何が起きているのか気づいていない人々に対して試行錯誤しながら情報を開示しているのを見て、発信している情報もそうですが、その姿勢にインスピレーションを貰って、お互いに影響しながら情報発信出来れば良いなと思っている次第です。

 

ここで話は変わりますが、側から見て常に格上の人間と付き合っているように見える人間というのは実際にはどういった人々なのでしょうか。歴史の勉強からも自分の経験からも実際に確認出来るのですが、人の上に立つ人というのは自分が人の下にいる時には想定していなかったような人である可能性が高いことに気付きます。

 

例えば漢王朝が建国された経緯を記した漢書に書かれた項羽と劉邦の戦いにおいては、項羽は100戦して100勝するような武将で要するに喧嘩が非常に強く、一方で若い頃の劉邦は昼間から金もないのに奢られて酒を飲みながら女遊びをし、近所のチンピラに慕われるような任侠でした。普通の人が両者を見比べたら項羽の方が劉邦の上に立つと思うでしょうが、劉邦には韓信という非常に優秀な部下が居て、この韓信という男は項羽を下す事が出来る唯一の武将でした。しかしこの韓信という男が項羽のように若い頃から頭角を表し評価された人間かといえばその反対で、彼は若い頃にチンピラに絡まれ、自分も帯剣していたにも関わらずそのチンピラに「俺の股の下を潜ったら助けてやる」と言われるがままにそのチンピラの股をくぐって喧嘩を回避した経験があり、周囲からは股夫と揶揄されて劉邦によって幹部に抜擢されるまで長い間重用されませんでした。

 

中国の武将といえば「三顧の礼」で知られる諸葛孔明が有名ですが、なぜ彼が有名だったかといえば奇策を駆使して数で上回る相手を下馬評を覆して勝利する事が多かったので、策士として知られていましたが、それは逆説的にいうと十分な兵士の数を揃えておくなどの戦争の準備段階があまり上手くないという欠点があるという解釈をすることも出来ます。しかしそんな彼も最後には劉備を勝たせる事が出来ず、自分も戦の間に亡くなり、結局は官軍の武将にはなる事が出来ませんでした。その一方で韓信はというと項羽を自害に追い詰め劉邦漢王朝の皇帝になるまで勝たせましたが、彼の戦は盤石で下馬評を覆して勝つというよりは勝負の準備も抜かりなく行い、下馬評通り当たり前に勝ち続ける地味に強いタイプだったので日本ではあまり評価されていませんが、本場中国での武将の評価としては諸葛孔明より格上とされています。要するに韓信の喧嘩の腕は当時、項羽を唯一上回った男だったのですが、その上に立ったのが若い頃に飲んだ暮れの遊び人の任侠で知られた喧嘩の弱い劉邦だったのです。

 

何故こういう構図が発生するかというと、そもそもこの世の中のエンドコンテンツはスマホゲームで言うといわゆるPvP、プレイヤー対プレイヤーのコンテンツとなっており、現環境のトップは前環境のトップメタのメタという状況が自然発生し、そういった勝負のやりとりが高度になってくるにつれて最終的に天下を獲ろうとする人々は「目の前の相手の誰にも勝てなくても、最後の一つ前の段階でトップメタになる人にだけ刺さるメタ戦略を採れば理論上は最終的に天下を獲れる」というスケベ根性溢れる方針を採用するギャンブラーが大量に発生し、本当にトップメタだけに刺さるメタ戦略を取っている人というのは、文字通りそのトップメタ以外との勝負を全て捨てているので、トップ争いに関わってこない雑魚には逆に格下に見られて見下されてしまうという状況が発生するので、勝負の前半にはモブ達の下馬評通りの奴が勝ち進むのですが、エンドゲームに近づくにつれて一部のギャンブラー達以外の予想を裏切るような人が勝ち始め、本当の最後には誰も予想していなかった最も意外な奴が勝ち残るという構図が発生するのです。

 

そう言う訳で側から見た時に社会的に格上の人と付き合える人というのは、その格上の人にも刺さるようなメタ戦略を採用している人々となり、そしてそういう人々は必ずしも現在の社会的な地位は高くないので、一般人からすると「なんであんな奴があの人と?」という反応になるのですが、実はこういった人の一部の界隈における評価は非常に高く、それでいてそれが理解出来ない一般人には穀潰しのように扱われると言う、メタのメタの更にメタ戦略を…というのを繰り返してどんどん戦略を洗練させて頂点を目指す奴が、意外にも「お前サバンナでも同じこと言えんの?」という逆メタを張るモブにボロ負けするという三つ巴の戦いの構図になっています。

 

ということを書こうという流れに至ったのは、地元で農業をやっていて何十年も日本に居ながら日本語も満足に喋れず、学問が無い中国人が父と野菜を交換しに家に来た時に、父が僕のスタジオに彼を連れてきて、僕の絵を見て中国の古典も儒教もクソも知らない彼が「芸術とは」について急に語り出してマウントを取ってきたり、昼に日課の散歩をしていると小学生が「あの人いつも居る~」とニート扱いしてきたり(まあ、これについてはほぼ正しいのですが)、美大どこ行ってたの?と聞かれた時に「Rhode Island School of Designです」と言うと東京芸大が最強だと思っている奴にFラン大学だと思われたり(僕の美大は僕がまだ在学生だった当時の2009年のビジネスインサイダー誌の世界美大ランキングで、フランスやイギリスの一流美大を抑えて世界1位でした。ちなみに東京芸大はトップ25位にも入らないランク外でした。)、とにかく雑魚を相手にした時に、相手の知識のなさ故に一周回って此方が雑魚だと思われる状況が多発する為です。こう言う相手に「金石書画というのは~」と説明したところで理解出来る知能はないことは分かっているので、日中散歩で会う人には工場の夜勤をやっているという設定にして話を合わせています。

 

僕もこういう輩を相手にするのは美大卒業当時は自尊心が高かったのもあって結構メンタルがやられましたが、36歳にもなると慣れてきてスルーする大人の余裕が付いてきたのもあり、また大学卒業直後は人物画は既にかなりのレベルだったのですが大人の事情で人物画の道は諦め、一方で当時は中途半端な中国画制作能力しかなかったのが、今では高度な中国画制作能力に加えて中国の古典の知識を修めるようになってから文人属性が付いてきて、それから10年経ったので貫禄もついてきており、道理の分かる年上にも「理屈だけの若造が」と舐められる事が減ってきました。というかライオンズクラブの青年会の付き合いのある住職の友人が「最近ライオンズの社長さん達と話していると、俺たちが昔から話していた話題に、徐々に時代が追いついてきたと思う時がよくあるんだよね」と言い始めたり、僕のアメリカのメンターによると僕が中国画のコンセプト面を説明した英語の文章が僕の出身校の教授達の間で絶賛されているらしい事など、僕の持っている知識や話題は一般の人の間よりもむしろ、そういった人々の上に立つ結構ハイソな世界の人々の間で需要があるような印象です。

 

僕は小さい頃からやるべきだと思った事は仮に見てる人がいなくても褒められなくてもやるし、やるべきでは無いと思った事は仮に親や教師に強制されても、それをやらなかった結果、定期的に殴られたとしても毎回頑なにやらないタイプだったのですが、最近はそれをやる事で見知らぬ人に貶されたりマウントを取られたり、周囲から嫌がらせされても、やはりやるべき事はやるようになってきており、その上瞑想まで始めるようになってからは、以前には感じていた嫌な事があった時の多少の刹那的な感情の機微さえも、今はほぼ凪状態になってきて無敵感が凄いです。結局「最終的に自分の選択の全責任取るのは自分」という覚悟と自覚さえあれば何をやるにしても、文字通り自分の命を懸けた上で色々と試行錯誤出来るんですよね。命を懸けると言うと語弊があるかも知れませんが、要するに成長したいという欲求がただ生き延びたいという欲求を凌駕した時に大きな成長を経験するんですよね。それを強さと言っていいのかは分かりませんが、自分の場合はこの性質が今の自分の在り方に強く作用していると思います。

 

人の言うことを聞く代わりに失敗したらその人に責任を取ってもらおうとか、とにかく権威のある人の言うことを聞いて出来るだけ失敗しない安全な道を往こうとか、そういう他人軸の変なスケべ根性を持っていないタイプの人であれば大きな失敗を経験するまでは、人の言うことは無視してとことん自分のやり方で物事をやり抜くのも一つの道だと思います。個人的にはそれで死なない程度に大失敗をしてからその痛みを教訓に、出来れば古典の学問をじっくり学んでもらって人生再出発すれば良い、とここでは簡単に言いますけど、結局それが簡単には実践出来ないところが教育やアドバイスの難しいところなんですよね。僕の辿って来た道を誰か若い人に辿らせようとしても、恐らく再現性は皆無に等しいですからね。うちの父方の両親の場合は子供を10人ほど産んで、特に誰かを勝たせようとか考えずに、産んだ後は「自生自滅」という方針だったらしいですが、それが真理に限りなく近い答えなのかなと最近は思います。中国史全体を顧みても分かるのですが教育というのは勝たせようとして下駄を履かせるほど弱くなるし、潰そうとして嫌がらせするほど強くなって、結局は諸行無常であって人のコントロールの及ばない神の領域の話になってくるんですよね。何というか、これは儒教道教をある程度修めてから、今度は瞑想し始めると自然と仏教的な考え方をするようになってくる説が出てきましたね。

 

自生自滅と言っても、それは努力しないとか、運命と思われるような状況に抗わないという事ではなく、飽くまで後悔の残らないように本人のやりたいようにやって「人事を尽くして天命を待つ」心境に近いところがあるように思います。ただこの「後悔の残らないように」の部分の解釈が「今のうちに遊んでおこう」という解釈になるのか「人生における天下分け目の戦いが来た時に勝てるように精進しておこう」という解釈になるのかが、本人のスケべ根性の現れ方次第という感じがします。人々は一見重要には感じられないスケべ根性について敢えて語ろうとはしませんが、隠し持ったスケべ根性の大きさって勝負勘に直接影響を与えるというか、結構人生を左右する大きな要素だと個人的には思うんです。あと大きすぎるスケべ根性を持つ奴ほどバレるのが恥ずかしいから可能な限り遠回しに表現したり徹底的に隠そうとする構図になっているのですが、実際に千載一遇のチャンスが近づいて来ると体が勝手に動くというか、自分でもビックリするような必殺技を公共の場でぶっ放してしまって、その拍子に周囲にその隠し持っていたスケベ根性がバレてしまうんですよね。しかもそういう事態が実際に起こるまで自分がむっつりスケベだったという自覚さえ無いというダブルブラインド状態で、つまり周りの人も僕がそんなスケべ根性を隠し持っていたことなど知る由もない構図になっているので、僕の実際の経験上バレると余計に恥ずかしいという羞恥プレイ的な地獄を経験するという構図になっているんですよね。

 

最近は表のメディアの一つであるTwitterの流れを見ていると、世の中が正常な本来あるべき方向に向かっているな、という気がします。というよりかは僕の予想していた方向というか、望んでいてた方向性と言うべきなのかは分かりませんが、世の中がこの方向に進んだ時のために、ゴールから逆算して一発逆転を狙ってキャリアや学問を選んで計画的に「ロマンティック過ぎて時代が追いつかなかった結果、かなりの高確率で死にスキルになっていたかも知れない、僕の考えた最強のエンドゲーム」に時間とお金と努力を投資してきた節があるので、そろそろ準備してきたスキルや学問を有効活用出来る世の中になるな、と個人的にワクワクしております。Oblivionなどが流行り始めた頃の「一方通行のベルトコンベアー式のシナリオに慣れ過ぎていて、自由度が高過ぎるオープンワールドゲームの遊び方が分からない日本人現象」ではないですが、人に言われるがままにする代わりに生かして貰うという生存戦略を取ってきた奴隷根性の強い人は新しい環境に適応するのに苦労する時代になると思います。

 

という訳で、今回はこのあたりで継続可能性も考慮して少し短めのブログに纏めておきます。